「高齢者のおよそ3人に1人に症状が出る」ということは、この世代になれば誰もが当事者となり得る。政府が公表した認知症の高齢者数の将来推計だ。
認知症になっても孤立せず安心して暮らせる共生社会の実現が急務である。政府は今秋までに基本計画を策定する方針だ。当事者の声に耳を傾
けた総合的な対策を求めたい。
認知症と診断される前段階の軽度認知障害(MCI)の推計も初めて発表された。生活に支障はないが、記憶力低下などの症状がある。MCIは60年には632万人で、認知症との合計は1277万人となり、高齢者の「2・8人に1人」に当たる。
このペースで推移すれば、現行の医療体制では対応は難しいだろう。介護に当たる家族らの負担も増大する。介護離職をいかに防いでいくのかといった論点も忘れてはならない。当事者だけで対応できる問題ではないのだ。
進行を抑制する新薬「レカネマブ」が開発されたが、投薬を受ける患者の通院負担も軽くはない。医療保険財政を圧迫する懸念も残る。一方で「認知症は治療できる」という認識が広がることにもなると患者団体などの期待は高い。発症を遅らせる効果を含め、治療の現場でのデータの積み上げなどに期待したい。
公表された推計で注目される点は、前回2015年の推計よりも認知症の人が少なくなったことだ。25年や60年の推計は、前回に比べていずれも約200万人減少した。
成人の喫煙率の低下や減塩の啓発が進んだこと、栄養管理や運動の必要性など、健康意識が変化したことが要因だという。MCIは適度な運動や生活習慣病の治療で改善される可能性があるとの研究結果もあり、予防の観点から重要だろう。
新薬開発や治療法の研究の進展に加えて当事者が望むのは社会の理解の深まりだ。推計が提示された政府の会議でも当事者らから差別や偏見をなくし、社会に参加して活躍できる環境整備を求める声が上がった。