「knock (someone) for 6」という英語の…(2024年5月8日『東京新聞』-「筆洗」)

 「knock (someone) for 6」という英語の慣用句がある。相手をひどくやっつけるという意味だそうだ。knockはノックダウンなどのノックだろうが、6とは何か。英国伝統のクリケットに由来する。打球が境界線をノーバウンドで越えれば6点なので、大きな当たりを打たれた投手のショックを表している
▼別の競技である。強烈な右ストレートが相手には「knock for 6」となった。世界スーパーバンタム級4団体タイトルマッチ。統一王者、井上尚弥がルイス・ネリを沈め、ベルトを守った
▼井上がダウンを奪われたときは思わず声を上げたが、相変わらずのスピードとうまさに舌を巻く。ダウン後の冷静な対処もさすがである
▼コラム書きの悪い癖か、試合と「6」をこじつけたくなる。試合が6日。決着は6回1分22秒。そして6年前である。2018年、山中慎介とのWBCバンタム級タイトルマッチ。当時王者のネリは2・3キロの恥ずべき体重超過でやって来た
▼試合はそのまま行われ、ネリの勝利。当たり前である。ネリは無期限資格停止の処分を受けたとはいえ、日本のファンは6年前の苦々しさと、倒されても相手に向かっていく山中の姿を忘れてはいまい
▼悪いことの後に良いことがあるたとえに「一の裏は六」という。ネリには悪いが、王者の出した「六」に気を晴らす。