こどもまんなか社会 「未来」育む意識広げたい(2024年5月5日『毎日新聞』-「社説」

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子どもたちの話を聞く渡部さん=渡部さん提供
 
 子どもの権利尊重をうたった「こども基本法」が施行され1年余りが過ぎた。だが、政府が目指す「こどもまんなか社会」実現への取り組みは緒についたばかりだ。
 基本法は、すべての子どもが個人として尊重され、差別されないことなどを理念に掲げる。司令塔として、政策を総合的に推進するのがこども家庭庁だ。
 昨年12月に策定した「こども大綱」で、子どもが「権利の主体」であると明記した。貧困や虐待を防ぐ対策のほか、学童期・思春期における心のケアや居場所作りなどを盛り込んだ。
 岸田文雄政権が推進する異次元の少子化対策実現に向けた「こども未来戦略」も取りまとめた。保育環境の改善や、児童手当の拡充など子育て支援策を打ち出した。
声聞く取り組み道半ば
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「おもしろ荘」に来た子どもたちに声を掛ける渡部さん(左端)=渡部さん提供
 日本は1994年4月に、子どもの権利条約を批准したが、国内の法整備は遅れてきた。ようやく、政策を推進する枠組みが整ったのは大きな前進と言える。
 施策を実施するに当たり、基本法は、国と自治体に対し、子どもらの意見を反映することを義務づけている。
 大綱策定に際しても、国は公聴会などに加えて、児童養護施設などに職員らが出向いて、聞き取りもした。
 それでも、実際には子どもの声が十分に受けとめられているとは言いがたい。
 「こども家庭庁ができてもSOSが届いていない」。静岡県富士市で子どもの居場所づくりに取り組むNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」代表の渡部達也さん(58)が訴える。
 渡部さんは静岡県職員として児童福祉に携わっていたが、子どもたちと徹底的に向き合えない行政の限界を感じ、2004年にNPOを設立した。
 空き店舗を使って「おもしろ荘」と名付けたスペースを設けている。放課後に子どもたちが集まり、思い思いに遊んだり、宿題をしたりして時間を過ごしている。
 渡部さんが心掛けているのは、監視役になるのではなく、黒衣に徹することだ。そうした姿勢を通じて、子どもたちと信頼関係を構築している。
 心を開いた子どもたちは、虐待やいじめ、自傷行為を打ち明けるようになる。だが、最後に必ず、「親にも先生にも言わないでね」と付け加えるという。
 渡部さんは、SOSを出しにくい状況を「つながりの貧困」と呼ぶ。経済的貧困よりも深刻だと受けとめている。
 学校現場でも、子どもの悩みなどを十分に把握できていないのではないか。
 3月に公表された文部科学省委託の調査結果によると、不登校の要因として、「いじめ被害」を挙げた子どもが26%に上ったが、学校側では4%にとどまった。認識の隔たりが浮き彫りになった。
まず大人が変わらねば
 公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の山内澄子さんは、大人の意識が変わらなければ、基本法の理念の実現は難しいと考えている。
 講演会で聴衆から「子どもに権利を認めたら、わがままになるのではないか」との質問を受けると、こう答える。
 「子どもが自らの権利を学ぶことで、他人にも権利があることを知り、互いを大切に考えることにつながります」
 ただし、社会の意識を変えるのは容易ではない。
 31年前に子どもの権利が守られているかをチェックする制度を導入した「先進国」のスウェーデンでも、国民の理解が進むには長い時間がかかったという。
 子どもを巡る日本の現状は厳しい。コロナ禍ではさまざまな活動が制限されるなどのしわ寄せが及んだ。小中高生の自殺者は22、23年とも500人を超えている。
 子どもの意見を聞き、権利を尊重するという基本法の理念をどのようにして実現するかが問われている。
 すべての政策は、子どもの目線を含めて立案・実施されるべきだ。国際的には、そうした考え方が大きな潮流になっていると、教育学者の秋田喜代美学習院大教授は指摘する。
 子どもは将来を支える世代だ。その権利を尊重することは、持続可能な社会の実現につながる。「未来」を育む意識で、子どもの声に耳を傾けたい。