「おなかがいっぱいになれば、悪いことはしない」。広島市中区の中本忠(ちか)子さん(90)は40年以上前から、家庭の事情で十分にごはんが食べられず、居場所がない子供たちに無料で手料理を振る舞っている。「ばっちゃん」と慕われ、300人以上の空腹と心を満たしてきた。
はじまりは、息子の学校でPTA役員をしていた時にさかのぼる。問題を起こして警察に補導された生徒を、親の代わりに引き取りに行っていると、保護司にならないかと勧められた。1980年、保護司になってまもないころに担当した中学2年生の少年が、シンナーを乱用していた。空腹を紛らわせるためだと気付き、自宅で料理を出すうちに、吸うのをやめて学校に行くようになった。
やがて少年の仲間らも自宅に来るようになる。その子たちの多くは、家庭に問題を抱えていて、箸の正しい持ち方など基本的な生活習慣が身についていなかった。それでも食事を振る舞っていると、非行をしなくなった。
「空腹、孤独、環境。この三つが悪さにつながる。負の連鎖をどこかで止めなきゃいけん」。家庭の事情は無理に聞き出そうとせず、食事を与え続けた。すると、自然と悩み事を打ち明けてくれるようになった。自宅はただの「食堂」ではなく、子供たちが安心してくつろげる居場所になっていた。
最初の10年は食材を自費でまかなっていたが、徐々に支援の輪が広がっていく。協力者が増え、寄付が集まるようになり、2015年にNPO法人「食べて語ろう会」を設立。その翌年には、自宅近くの市営住宅の一角に活動拠点の「基町の家」を作った。非行少年の社会復帰を助ける「自立準備ホーム」の運営や、大学生ボランティアによる学習会など、新たな支援にも取り組んでいる。
最近、ラジオで活動を知った受刑者から「自分も子供の時に出会っていたかった」と手紙が来た。直接関わった子供たちからも、結婚などの報告やたくさんのプレゼントが届くという。
コロナ禍がきっかけで、一緒に食卓を囲むことより、弁当を持ち帰らせることが多くなった。「おかえり」「また明日」。食事を手渡す玄関先で、子供たちに向けるまなざしは温かい。「死ぬるまで、続けるつもり。子供の居場所がなくならないように」【武市智菜実】