生受けた意味を絵筆に託し、星野富弘さん逝く(2024年5月2日『産経新聞』-「産経抄」)

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星野富弘さん(富弘美術館提供)
 
マムシグサ」という気の毒な名の花がある。薄暗い茂みに生え、鎌首をもたげたような異形の容姿が、そのまま呼び名になった。詩画作家の星野富弘さんは子供の頃、「討伐隊」と称し、仲間と手当たり次第に花を切り倒したという。
▼不気味な姿にも、きっと深い訳があるはず―。自省の念を込めて詩に詠んだのは、体に重い障害を負った後だった。<ひとたたきで折れてしまう/かよわい茎だから/神さまはそこに/毒蛇の模様をえがき/花をかまくびに似せて/折りに来る者の手より/護(まも)っている>。
▼事故で首から下の自由を失ったのは24歳のとき。9年に及ぶ入院生活の中、絵筆を口にくわえ、描いた花や草木の水彩画に詩を添えた。「神さま」の意思に触れたのもその頃だという。森羅万象には意味がある。自分が生きていることにも、と。
▼<辛(つら)いという字がある/もう少しで/幸せに/なれそうな字である>は、小欄でも何度か紹介した。進路に迷う人。行き場をなくした人。「生きづらい」という言葉が行き交う時代に、肩肘を張らぬ筆は多くの人の背中をそっと押したことだろう。
▼『あなたからの贈りもの』という一編も忘れ難い。<あなたからの贈りもの/固くて不自由で/私には重すぎて/でもあなたが私を選んで/贈って下さった/今では私の人生を/輝かせてくれる大切なもの/やっとお礼がいえるようになりました/この身体ありがとう>。
▼この詩は、生きる意味を自問し続けた詩画作家の一つの答えだろう。星野さんの訃報が届いた。78歳。手足の自由を失ってから50年余り、数多の作品は国内外で大きな反響を呼んだ。思えばその人の残してくれた絵と詩も、天からの「贈りもの」だったのかもしれない。