研究の裾野が削られ「日本の学問が滅びる」 国が進める「稼げる大学」制度に教員たちが抱く危機感(2024年5月1日『東京新聞』)

 世界最高水準の研究力を目指し、巨額の資金を投じる大学を国が認定する「国際卓越研究大学」制度の是非を考える緊急シンポジウムが29日、東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)で開かれた。大学運営への政財界の介入を危ぶむ大学教員らの横断ネットワークが主催。「学問の自由は基本的人権の一部」とし、政財界の思惑に縛られない大学政策の重要性を訴えた。 
◆財界人など「学外委員」の権限強化
 「『稼げる大学』はどこへ行く?」と題したシンポジウムは、卓越大の運営方針を決める際に学外委員の賛成を要件とする文部科学省の方針が明らかになったのを受けて開かれた。昨年末成立した改正国立大学法人法は、大規模な国立大学に同様の「運営方針会議」の設置を義務付けている。他の大学でも、財界人が想定される学外委員の権限強化が懸念されている。
 
キャプチャ
大学運営のあり方を考えるシンポジウム=東京都内で
 
 大学教員や市民ら約60人が参加した会場では、パネリストで東大の本田由紀教授が、先進国では異例なほど高等教育の私費負担が大きい教育行政の貧困ぶりを指摘。2004年に国立大学を法人化して以来、運営費交付金は段階的に削減され、国際的な研究力水準も低下しているという。「研究は富士山型の広い裾野があってこそ発展する。裾野が削られては求められた研究もできない。日本では、ただ学問が滅んでいるだけ」と批判した。
◆予算奪い合いが激化、不祥事も
 京都薬科大の田中智之教授も、研究予算の「選択と集中」により大きく予算を削られた地方大学では、自ら「寄付」して自腹で研究を続ける研究者もいると指摘。予算獲得競争の激化により、目先の成果を急ぎ、研究成果をゆがめる不祥事も起きているという。巨額の予算を投じた研究についても「期待されたイノベーションは創出されたのか。政策のフィードバックが行われていない」と危ぶむ。
 横断ネットワークの呼びかけ人の一人で、京大の駒込武教授は「学問の自由は、個人が好きに研究する自由ではない。学術界全体の問題として、市民社会と連携して考えたい」と訴えた。(中山洋子)
 
 

この署名で変えたいこと

 わたしたちは、大学の研究力低下と私物化のさらなる進行を食い止めるために、大学予算配分にかかわる「選択と集中」を「分散と多様性」へと抜本的に転換し、国際卓越研究大学制度を廃止することを求めます。

選択と集中」による研究力低下

 政府与党は、2004年に国立大学を法人化して以来、基盤的経費にあたる運営費交付金の13%近く、約1600億円を段階的に削減しました。加えて、教員数などを基準として前年度とほぼ同じ基盤的経費を交付する従来の方式をあらため、2016年度から一定の金額を「評価指標」の達成度に応じて増減する「傾斜配分」を始めました。「評価指標」の設定はしばしば恣意的であり、産学連携の推進など大学で独自に判断すべき事柄を含むばかりではなく、学生の出欠席や入退館にかかわるマイナンバーカード活用状況さえも配分の指標とすることになりました(「デジタル社会の実現に向けた重点計画」2023年6月9日閣議決定)。私立大学に対しても経常費等補助金は2005年度から約300億円を削減、2018年度から補助金の「傾斜配分」を始めました。

 純化された数値目標による大学管理は、試行錯誤の許される時間と空間を狭め、大学の教育・研究にとって不可欠な創造的探求を困難としてきました。さらに、大学単位で予算を競わせる仕掛けが大学の特色と多様性を損ない、大学を越えた研究者ネットワークをやせ細らせ、研究力を低下させてきました。

 こうした「選択と集中」方式による研究力低下を実証的に明らかにした豊田長康・鈴鹿医療科学大学学長は「傾斜配分は、恵まれない環境で頑張っている研究者の芽をつみ、格差を広げ、日本全体の研究力を損なう」「数値目標が独り歩きしてしまい能力を真に高めることにつながらない」と指摘しています(『日本経済新聞』2019年9月24)。

 財務省国公立大学の運営費交付金、私立大学の経常費等補助金を増額せよという要求を一貫してはねつけてきましたが、宇宙開発など国策にかかわる「経済安全保障重要技術育成プログラム」には2021年度補正予算で科学研究費の総額に匹敵する2500億円もの予算をつけました。日本学術振興会の所管する科学研究費の審査では学術団体の推薦する研究者が、個々の研究計画の学術的価値を相互に評価・審査し合うピア・レビュー(Peer Review)の原理を尊重してきたのに対して、「経済安全保障重要技術育成プログラム」の審査では日本学術振興会を排除、公正性への配慮は見られません。大学別、専門分野別の「選択と集中」は、「選択」の時点で将来性があると見込まれる大学や分野に資源を「集中」するために常に後追いになり、研究力を低下させます。公正な審査を通じて研究費を適切に分散してこそ、多様性を守りながら研究力を高めることができます。「選択と集中」から「分散と多様性」に配分原理を転換すべきです。

大学ファンドを通じた学外者支配

 国立大学法人化以来の20年間の試みを通じて「選択と集中」が大学の研究力を低下させてきたことは明らかであるにもかかわらず、政府与党はさらなる「選択と集中」のための仕組みをつくりました。大学ファンド及び、それとセットになった国際卓越研究大学法(2022年5月成立)です。大学ファンドの運用益を公正に分散するのではなく、選択と集中、そして支配のために用いる仕組みが国際卓越研究大学(以下、卓越大)です。

 卓越大は、政府が認定した国・公・私立大学数校に大学ファンドの運用益を年500億円程度投下するという触れ込みで創設されました。実際には大学ファンドの運用が600億円を超える赤字(2022年度実績)を出したために、最終候補は東北大学1校のみ、助成金額は100億円程度と縮小されました。それでも、この仕組みが大学間の格差を極端に拡大することに変わりはありません。しかも、予算による誘導のみならず、人事による支配を実現しようとする点にこの制度の特徴があります。

 卓越大法では大学のガバナンス改革について、学長の上に新たな合議体を設置すべきと附則で示唆するに止めました。しかし卓越大は既存の国立大学法人法では実現困難でした。そこで「だまし討ち」のように行われたのが2023年秋の国立大学法人法「改正」です。これにより大規模な国立大学に対して運営方針会議(合議体)の設置を義務づけ、今年になって必ず運営方針委員の中に学外者を含め、しかも重要事項については学外委員の賛同を不可欠とする方針を打ち出しました(「国際卓越研究大学に求められるガバナンス体制の方向性について」2024年3月7日、Blog記事「「だまし討ち」の大学政策にNo!」)【※1】

 「だまし討ち」的な手法を通じて政府与党が一貫して追及してきたのは、学外者による大学支配であることが明確となりました。卓越大に限らず、国立大学では2014年の学校教育法・国立大学法人法改正以来、学長選考会議(2022年度からは学長選考・監察会議)が学内者の意向に反して学長を選考するケースが増加、最近では千葉大学で学内意向聴取2位の人物を選んだことに対して6教授会が異議を表明しました(『千葉日報』2024年2月27日)。不透明な手続きで選ばれた学長がトップダウン権威主義的な手法で産学官連携を推進しても、組織の活力を殺いでいくばかりです。それにもかかわらず、卓越大では合議体を通じて政財界の有力者が大学の資産やポストを私物化できる仕組みをつくり、知的財産権の取得、大学債の発行、土地の貸付けなどにより、大学が企業に「みつげる」ように水路づけようとしています。「稼げる大学」になることを強いられた卓越大が文系や理系の基礎研究を縮小、廃止することで応用研究もやせ細ることが懸念されます。

 卓越大の青写真を描いてきたのは、内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)です。CSTIのように首相・閣僚が議員の半分近くを占める組織が大学評価の権限を事実上握り、日本学術振興会を中心に育まれてきたピア・レビューの原理を骨抜きにしようとしています。このように学術的な公正さをないがしろにする「政治主導」の体制のもとで大学への助成金は一種の「利権」となり、政財界とのコネが研究費獲得の重要な手段となる以上、研究力はいっそう低下し研究不正が蔓延することでしょう。それは第二次安倍政権下において政府与党の手厚い保護を受けた企業が公費の中抜きに自らを最適化しながら、国際的な競争力を失った過程を再現することにほかなりません。

学問の自由の否定は未来世代へのツケ

 卓越大という制度は、日本国憲法に定める学問の自由、またその制度的保障としての大学の自治、さらに「大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」という教育基本法の規定へのあからさまな挑戦であり、大学に対する「不当な支配」を実現しようとするものです。

 学問の自由とは、単に大学に籍を置く研究者が好きなことを研究し、発表できる自由ではありません。知的探求の自由は国連が定めた基本的人権の一部です。それは言論の自由表現の自由と同様に市民的自由の一部であり、研究者の特権ではないのです。学問の自由とは、大学などの研究機関に雇用される研究者が、自分の雇用主や巨額の寄付をする企業の思惑などから自由に、真理を探究して発表できる自由を意味します。ところが、大学と提携する企業の利益を優先し、十分な検証のないまま製品の「箔づけ」となる研究が発表されたりする事態がすでに生じています。卓越大における合議体と同様の仕組みが今後、国・公・私立大学に広がっていけば、大学に対する外部からの圧力としてではなく、大学内部の組織(合議体)の意向として学問の自由が日常的に葬り去られることになるでしょう。

 このような意味での学問の自由の否定によって不利益を受けるのは、決して大学の教職員だけではありません。学問の自由・大学の自治と市民的自由は相互依存的であり、市民的自由のないところに学問の自由はありえず、学問の自由が制限されているところでは市民的自由も不完全となります。こうした事態の最大の被害者は教育・研究の受け手たる次の世代であり、学問の自由の否定は未来世代に大きなツケを残します(高柳信一「大学の自治について(下)」『日本の科学者』1969年11月)。

 「選択と集中」や卓越大制度の根底には、知識を市民の公共財とみなして知の自由な流通を尊重する体制から、知識を私有財産とみなして囲い込む大企業の利益、さらに大企業を支持基盤とする政府与党の利益を優先する体制への転換があります。この新たな体制のもとで学生は高額の授業料納付を求められるカスタマー(顧客)に過ぎず、多様な学びの機会や福利厚生の充実を求める権利を奪われています。卓越大法の制定過程で授業料値上げの可能性が検討され、今年3月末に文科省が省令改正により留学生の授業料値上げを可能とし、4月に中央教育審議会で国立大の授業料を年額150万円にすべきという論が提起されたことも、次世代の学びの芽を摘む事態への歯止めが崩壊しつつあることを物語ります。

 多様な未来への種蒔きのために、さしあたり今日において最低限必要な措置として、以下のことを求めます。

  1. 国際卓越研究大学制度を廃止し、大学ファンドの運用益が生じた場合にはこれを日本学生支援機構の歳入に組み入れるなど未来世代のために有効な使い道を考え直すこと。
  2. 大学の基盤的経費の総額を2004年度実績にまで戻し、「傾斜配分」を止め、「選択と集中」から「分散と多様性」へと大学政策を抜本的に転換すること。
  3. 学術・高等教育政策を総合科学技術・イノベーション政策に従属させてきた一連の仕組みを抜本的に転換し、学問が自由かつ自律的に発展しうるような条件整備をおこなうこと。

「稼げる大学」法の廃止を求める大学横断ネットワーク
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E-mail: trans.university.network@gmail.com

呼びかけ人(五十音順)

石原俊(明治学院大学)、指宿昭一(弁護士)、遠藤泰弘(松山大学)、隠岐さや香東京大学)、河かおる(滋賀県立大学)、駒込武(京都大学)、光本滋(北海道大学)、吉原ゆかり(筑波大学)、山田幸司(北海道大学)、米田俊彦(お茶の水女子大学

【※1】重要事項については運営方針会議の学外委員の賛同を不可欠とするための卓越大法施行規則の「改正」省令案が、現在、パブリックコメントに付されています(5月6日締め切り)。是非、意見を提出しましょう。こちらのブログをご参考ください。

【4.29緊急シンポジウム】

 

詳しくはこちらをご確認ください(後日、一部は録画配信の予定です)。

【関連報道】

大学に「服従のワナ」が仕掛けられた…なぜか「学外委員」に強い権限を持たせる政府方針を危ぶむ東京新聞、2024年4月26日

【過去の関連署名】

大学の自治に死刑を宣告する国立大学法人法「改正」案の廃案を求めます ―「稼げる大学」への変質を求める大学政策の根本的転換を!(2023年10月)

学問の自由を壊す「稼げる大学」法案(国際卓越研究大学法案)に反対します!(2022年4月)

大学ファンド による「稼げる大学」法案( 国際卓越研究大学法案 )に反対します!大学における多様な学びの機会を保障することを求めます!(2022年3月)

学長選考会議の権限強化に反対します ― これ以上、大学を壊さないでください!(2021年3月)

◆賛同後に有料で署名を応援しませんかというメッセージが表示されますが、これは署名の表示回数を増やすプロモーションに使用されるものであり、署名の発信者の収入には一切なりませんので念のため申し添えます。

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