◆「アートとは、人間が常に自然と関わろうとする何か」
田中 芸術やアート全般をどう捉えているか。
日比野 アートとは、人間が持っている情緒がもとになっている。一人一人の感情が社会の中にあり、その時代折々の環境・自然と対峙(たいじ)する。それは何万年も前から変わらないはずだ。その時の楽しさや悲しみが社会制度などの中で文化として形作られる。アートは人間という文化的な生き物を生み出した力なのではないだろうか。
田中 私も江戸文化の研究をしていて一番すごいと思うのは、自然との関係。布一枚を作ったり染めたりする時にも、素材は自然界から持ってくる。アートとは、人間が常に自然と関わろうとする何かではないか。人間はいったん自然とのつながりが切れてしまった生き物だと思うが、もう一度つながろうとしている。でも、つながれない。皆、そんなもどかしさを感じながら表現をしてきた。
◆「いろいろな時代の本物を鑑賞することが必要」
日比野 美術作品は勝手に生まれるわけではなく、社会の中で育まれながら生まれてくる。東京藝大の新入生にも「自分の表現を今、目の前にいる人たちに、社会に投げかけていこうよ」と呼びかけた。多様な人々の中にいるからこそ自分らしさも出てくる。
田中 学生が時代を意識することはあるのか。
日比野 時代とは相対的なものなので、どれだけ自分が過去を想うイメージ力があるか、将来の地球を想像できるかという振り幅があるほど、今の時間が価値化される。いろいろな時代の本物を鑑賞することが必要だ。美術では見る力が大事。自然でも絵画でもさまざまなものをしっかりと見ていれば、真の姿を思い描くことに近づける。現物の肉筆画をグッと見ると、「こう描いたんだな」と一筆一筆が見える。印刷物や映像では見えないものが見えてくる。
田中 本物を見ることが制作にも影響する?
日比野 そう。本物・現物を見ると、その前に作者がいたんだなというイメージが湧き、ライブ感を感じられる。数百年前にもヒュッと連れて行ってくれる力がある。
◆「負の歴史の中で生まれたアートも現実」
日比野 時代が変わると価値観も変わってくるが、作品がどの時代にどんな状況で生まれてきたのか、今現在とどのような関係があるのかを学ぶことが重要だ。
田中 売春が基盤にあった吉原も町全体として見ると、アートそのものと言える。現実を模した虚構の世界で劇場空間だった。当時も悪所だったが、そこでの祭りを記録にして残そうとした絵師や(本や浮世絵の)版元がいた。踊っている人たちの生命が生き生きと伝わってくるような絵。まさに時代を超えるもの。繰り返してはいけない歴史があるが、そこで生まれたアートを拒否することもできない。どちらも現実だから、両方見る必要がある。
日比野 空間自体が当時の社会全体で生みだした表現。世界の歴史の中のいろいろな時代の中で生まれてきたアートをしっかり見ていくことが、未来のあるべき人の姿をイメージするには必要だと思う。その時代の情緒がたくさん作品として残されているのだから。
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