松尾潔(まつお・きよし) 1968年、福岡県生まれ。音楽プロデューサー、作家。少年時代から米黒人音楽に心酔し、早稲田大在学中から国内外で取材活動を展開。評論の寄稿やラジオ・テレビ出演を重ねる。90年代半ばから音楽制作へ。宇多田ヒカルさんのデビューにブレーン参加。平井堅さん、CHEMISTRY、JUJUさんらにミリオンセラーをもたらす。2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を、22年12月、天童よしみさんの「帰郷」で第55回日本作詩大賞を受賞した。提供楽曲の累計売上枚数は3000万枚超。著書に小説「永遠の仮眠」(新潮社)、新刊「おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来」(講談社)など。
◆進まない経営分離
―スタート社の
福田淳最高経営責任者(CEO)は「資本関係を完全に分離する」と言っていた。だが、スマイル社は15日の公式サイトで、年間約500億円の収益とも言われるファンクラブを夏をめどに分社化して独立させ、スマイル社は株の
保有割合を減らしていくと発表した。完全分社化の時期が明確になっておらず、経営分離は進んでいない。全株を
保有するスマイル社の
藤島ジュリー景子前社長の実質的な支配が続くとも指摘されている。どう受け止めたか。
見事な言行不一致。福田氏はメディアに説明を果たす社会的責任がある。説明のプロセスを割愛しスタート社を本格始動というのは無責任に過ぎる。スマイル社は、ファンクラブの閉鎖や新規立ち上げをしなかった理由を、現会員の会員番号への思い入れを考慮したとしているが、さすがにこれは不自然で苦しい説明だ。分社化独立を果たしたファンクラブの最終的な株主は誰を想定しているかまで言及するべきだろう。
スタート社の姿勢に批判の目を向けず、4月10日にあったスタート社の東京ドーム公演を喜々として報じるテレビ局の見識も疑わざるを得ない。
ジャニーズ事務所時代からのただれた共犯関係は依然として継続中と見るのが自然だ。
―
藤島ジュリー景子元社長は、ブライト・ノート・ミュージック(旧ジャニーズ出版)の
代表取締役を辞任しておらず、約1万1000とされる楽曲の原盤権収入をいまだ得ていると批判された。15日の発表では、音楽の原盤権などの権利はスタート社と共同
保有し、これも徐々にスマイル社の割合を縮小させるという。これをどう見たか。
昨年10月の記者会見でスタート社の井ノ原快彦
CMO(最高
マーケティング責任者)が代読した、藤島氏の手紙の印象的な一節「全ての関連会社から代表を降ります」とは何だったのか。音楽原盤等の版権
保有についてはメディアからくり返し質問を受けてきた課題のはずだ。
今回の発表は著しく具体性に欠けており、世間の反応を気にしながら自社サイトで情報を小出しにしている狡猾(こうかつ)な印象が拭えない。うやむやにせずに説明責任を果たす必要がある。
―喜多川氏の性加害問題を追及したドキュメンタリーを制作し、今年3月の続編でスマイル社の
東山紀之社長にインタビューし、他に加害者が2人いるという回答を引き出した英
BBC放送(
BBC)のモ
ビーン・アザー記者たちは4月10日の記者会見でこう言っている。「性加害問題は、解決には程遠い。日本の多くの記者が2人の加害者の話を取り上げたいが、できないと言っていた。海外にいるからできるという見方もあるが、他の人がやるのを待たず自分たちで問題を追ってほしい」と。これをどう受け止めたか。
アザー記者の指摘に賛同する。彼の指摘を否定できるメディア業界人がいるなら声を上げるべきだ。
各テレビ局の報道陣は自社のトップにカメラとマイクを向けるべきだ。それなしにテレビ局とスマイル社の不適切な関係を否定する抜本的な方法はない。
◆動かない警察に疑念
―日本の警察が動かないことにアザー記者は「英国では加害者が亡くなっても捜査した。被害者は『日本の警察が動かない』とも言っていた。警察は今回のケースでは動くべきだ」と指摘した。どう思うか。
動かぬことで守られるスマイル社との不適切な関係があるのでは、という疑念さえ生まれる。あるいは、この期に及んでまだジャニーズ性加害問題を軽視しているか。子どもの人権蹂躙(じん
けんじゅうりん)として捉えていないことの表れではないか。
◆所属タレントに恥じ入る感情はないのか
―こうした中、スタート社は10日に東京ドームで立ち上げコンサートを開いた。改めてどう感じたか。
被害者への十分な補償が程遠い状況下での記念イベントに出演する所属タレントには、そのことを恥じ入るような感情はないのだろうかという疑問を抱く。補償問題に言及せずに、ただ歌い踊るのであれば「歌舞(かぶ)ロボット」ではないか。そこに集まった観客についても同様だ。心中に一点の曇りもなく歌舞を楽しめるのだとしたら恐ろしい。弱者への共感を著しく欠いている。
これを批判的態度もなくワイドショーで
慶事として報じるテレビ局の姿勢には不信感を抱いてしまう。
◆古いシステムは賞味期限切れ 顕在化した2023年
2023年は、新しい出来事が起きたというよりも、古いシステム、価値観に基づいたやり方が賞味期限切れであることが顕在化した年だった。それがエンタメ界で顕著だったということ。ジャニーズ、宝塚、
吉本興業…いずれも業界のリーディングカンパニーがだましだまし続けてきたことが問題だった。
結局、スマイル社とスタート社はファン以外の反応をさほど気にすることなく、ファンクラブ会員になるような熱心なファンからのロイヤル
ティー(忠誠心)を失いたくないだけのように見受けられる。
◇ ◇
◆スマイルアップ「不健全な関係とは考えていない」
本紙は、スマイル社に対し、同社やスタート社とテレビ局が依然として極めて不健全な「共犯関係にあるのではないか」と質問。スマイル社は4月19日、「極めて不健全な共犯関係にあるとは考えていない」と回答した。
◆フジ、テレ朝トップは
また、
フジサンケイグループの
日枝久代表に対し、旧
ジャニーズ事務所とフジテレビとの関係が深すぎるのではないか、日枝代表自ら説明すべきではないかとも質問した。フジテレビは2月の定例会見で、「スマイル社の(被害者への)補償は進んでいる。補償問題が進んでいるのであればキャスティングをしていこうかなと思う」と従来番組のみならず新規での旧ジャニーズのタレント起用を示唆している。
日枝代表はフジテレビ企業広報部を通じ、「フジテレビのことは、フジテレビ会長・社長らに任せており、旧
ジャニーズ事務所の一連の問題も例外でなく、フジテレビの見解は、
社長会見などを通じ公表している通りで付け加えることはない」と回答した。
テレビ朝日ホールディングスの
早河洋会長は、テレ朝とスマイル社との関係の深さを会長自身が説明すべきではないかとの本紙の質問に、広報を通じて「質問のような指摘があるとは認識していないが、当社の見解は検証番組や
社長会見などで表明している」と回答した。
テレ朝は、4月の番組改編で旧ジャニーズタレントが主演の番組を4本開始。また関係者によると、2026年に東京・
有明に開業予定の「東京ドリームパーク」の目玉として、旧ジャニーズのタレントを多数起用することを検討するなどしている。
ジャニーズ性加害問題 旧ジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)が所属タレントの少年たちに性暴力を加えていた問題。英BBC放送が2023年3月に報道し、被害を訴える告発が相次いだ。事務所は、喜多川氏による性加害を認めて謝罪。その後、社名を「スマイルアップ」に変えて、被害者への補償を終えた後に廃業する方針を示した。被害者への補償は4月15日時点で、受付窓口に981人が申告し、うち434人に補償内容を通知した。377人が合意し、354人に支払いを終えたという。スマイル社は具体的な補償金額を明らかにしていない。