経済安保法案 国民の権利十分に尊重を(2024年4月18日『熊本日日新聞』-「社説」)

 国は「秘密保護」の網をどこまで広げ、機密情報を扱える人の身辺調査をどう進めるのか。いずれも明確になっていない。国民の知る権利とプライバシーを十分尊重しているとは言えない法案だ。

 機密情報の保全対象を経済安全保障分野に広げる「重要経済安保情報保護・活用法案」が衆院を通過し、参院で審議入りした。特定秘密保護法によって外交、防衛など4分野で運用してきた秘密保護法制を、民間企業にも拡大する制度改正となる。

 漏えいすると国の安保に支障を与える恐れがある機密を「重要経済安保情報」に指定。身辺調査をクリアした有資格者のみが機密を扱う「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」を導入し、企業の社員や研究者らが対象となりそうだ。情報を漏らした場合、拘禁刑や罰金を科す。

 先進7カ国(G7)に足並みをそろえるのが狙いだ。米中対立下でサイバー攻撃への対応、産業技術の流出対策に当局間の情報共有は欠かせず、経団連は国際的な共同開発に参加するために必要な制度と位置付ける。機密指定に一定の意義はあるだろう。

 発電所や通信などの重要インフラ、半導体など重要物資の供給網に関する情報などを指定するとみられるが、法案は明確に範囲を示していない。政府が恣意[しい]的に情報を選んだり、際限なく機密を増やしたりすれば、国民の知る権利が制限される恐れがある。刑事罰を科す以上、罪刑法定主義の原則もおろそかにしてはならない。

 身辺調査はプライバシー侵害の懸念が拭えない。犯罪歴、精神疾患、飲酒の節度、借金の状況、家族の国籍など、デリケートな調査項目が並ぶ。本人の同意が前提とはいえ、職場での立場などから断るのが難しいケースもあろう。適性を認められなかった人が、配置転換など不当な扱いを受けない仕組みが整っているとは言い難い。

 機密指定の範囲次第で、適性評価を受ける人数は増減する。高市早苗経済安保担当相は「多く見積もって数千人程度」と初年度の見通しを示した。ただ、具体的な指定範囲は今後策定する「運用基準で明確化する」(岸田文雄首相)としており、将来的な運用のあり方は不透明なままだ。

 政府が秘密保護と情報統制を進めるほど、国民は素性を調べられる機会が増える。自由な社会を萎縮させるだけでなく、企業の技術革新などを鈍らせかねない。新法のマイナス面をぼかしたまま、国民的合意はありえない。

 衆院の法案審議では、政府の恣意的な運用をチェックするため、機密指定や適性評価の運用を国会が監視する規定を加えた修正案に一部を除く与野党が賛成した。懸念に配慮したとみたいが、監視機能が働くかどうかは疑わしい。

 先行した特定秘密保護法の運用では、国会に設けた審査会が秘密の開示を求めても、政府が拒むケースが相次いでいる。参院衆院の審議をなぞるのではなく、法案の危うさに向き合うべきだ。