経済状況や「飲酒の節度」まで民間人を調べ上げる「経済安保」法案 乱用の不安が解消しないまま衆院通過(2024年4月10日『東京新聞』)

 
 経済安全保障上の機密情報を扱う事業者らを身辺調査するセキュリティー・クリアランス(適性評価)制度の導入を柱とした「重要経済安保情報保護法案」が9日、衆院本会議で与野党の賛成多数で可決された。政府がどんな情報を機密として扱うのか明確になっておらず、多くの疑問は解消されないまま。審議は参院に移り、今国会で成立する見通し。(近藤統義)

◆与党が法案修正、立憲民主は賛成に

衆院本会議(資料写真)

衆院本会議(資料写真)

 与党のほか立憲民主党日本維新の会、国民民主党、教育無償化を実現する会が賛成した。立民は、情報指定や適性評価の恣意(しい)的な運用を防ぐために国会が監視する仕組みがないとして、法案修正を要求。与党が応じたことで歩み寄った。
 採決に先立つ討論で、立民の本庄知史氏は「具体的な制度設計が政令や運用基準に委ねられ、不明点が残る」としながらも「修正によって一定の評価ができる」と述べた。

◆共産「憲法違反そのもの」と反対

塩川鉄也氏(資料写真)

塩川鉄也氏(資料写真)

 一方、共産党とれいわ新選組は反対し、立民会派に所属する社民党の新垣邦男氏は退席した。共産の塩川鉄也氏は討論で「適性評価は機微な個人情報を根こそぎ調べあげる。調査を拒否しても不利益を被らない保証はなく、事実上の強制。思想・良心の自由、プライバシー権を踏みにじる憲法違反そのものだ」と批判した。
 法案は、政府が保有するインフラや重要物資の供給網に関する情報のうち、漏えいすると安全保障に支障を与える恐れがあるものを「重要経済安保情報」に指定。詳細は、法成立後に閣議決定する運用基準で定める。重要情報より機密度が高い情報は特定秘密保護法の指定対象とする。
 重要情報を扱う会社員らは犯罪歴や家族の国籍などの7項目の身辺調査を受け、適性評価で資格を得る必要がある。情報漏えいには5年以下の拘禁刑などを科す。
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◆人権やプライバシー侵害の懸念根強く

<記者解説> 政府が経済安全保障の名の下に、国家の機密情報を扱う会社員や研究者ら民間人の個人情報を調べて集め、管理する。そんな法案が大きな異論もなく衆院を通過した。制度の運用状況を国会が監視する修正を加えたとはいえ、適性評価の乱用はないのか。人権やプライバシー侵害の懸念はなお根強い。
 適性評価に伴う身辺調査は精神疾患や飲酒の節度、経済状況など7項目に上り、質問内容は各項目でさらに細かく深くなる。11年前に世論を二分する形で成立した特定秘密保護法でも身辺調査を行うが、違うのは、対象がほぼ公務員に限られている点だ。
 今回の法案で調査対象は民間に大幅に広がる。調査は本人の同意が前提というものの、配置転換が難しい中小企業などでは会社側の指示で事実上の強制になるケースも想定される。調査を拒否した人に対し、不利益な取り扱いをした会社側への罰則もない。

◆対象人数「数千人」の根拠も不明

 政府に個人情報を提供することに抵抗感がある人は少なくない。個人情報は政府で一元管理されるが、本当に漏えいはないのか。想定される適性評価の対象人数について、政府は「数千人程度」との試算を出したが、根拠を説明していない。不安ばかりが残る。
 経済安保の強化は、先端技術を巡る米中対立を背景に先進各国が注力する。経済界の要請もあり、政府は各国との連携に情報保全制度は不可欠と強調してきた。それならばなおさら、疑念を解消する責務がある。(近藤統義)
 
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◆立憲民主「経済界が要望、反対しづらい」

 野党第1党の立憲民主党は9日の衆院本会議で「重要経済安保情報保護法案」に賛成した。立民は民主党時代の2013年、同法案が素地とする特定秘密保護法に反対したが、今回は政府の情報指定を国会が監視できるように法案修正をした上で、賛成に回った。
岡田克也氏(資料写真)

岡田克也氏(資料写真)

 今回の法案と特定秘密保護法は、政府が指定した機密情報の取り扱いを適性評価で認定した人に限定し、漏えいに罰則がある点で共通している。だが、岡田克也幹事長は9日の会見で「(特定秘密保護法とは)対象が全然違う」と強調。22年5月に成立した経済安保推進法や、新たな適性評価の導入検討を盛り込んだ同法の付帯決議に賛成したことも説明し、「その流れの中で賛成したということだ」と語った。
 立民の法案責任者も「うちは経済安保は大事だという立場。その流れの中でやってきた」と語る。別の立民幹部は賛成した理由として、経団連経済同友会も推進していた点を挙げ、「経済界が必要と主張する法案には、正直反対しづらい。世論も反対で盛り上がらなかったこともある」と明かした。(大杉はるか)