大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)では、2025年大阪・関西万博のシンボルとなる環状の大屋根(リング)の建設が進む。今月4日、大手ゼネコンの竹中工務店で現場監督を務める浜田直輝(44)は、工事を終えた区画が図面通りに仕上がっているのを確認すると、箱形の車両に乗り込んだ。
昨秋、試験的に導入した移動式の事務所「モバイルハウス」。太陽光パネルと蓄電池を備え、電源やエアコンのほか、衛星通信によるインターネットも使える。浜田は席に着くと、早速パソコンを立ち上げた。
万博会場は4工区に分かれ、竹中が施工管理を担う西工区は広さ22ヘクタールに上る。だが、敷地には余裕がなく、工事事務所は1か所のみ。浜田の現場へは歩いて往復30分かかる。現場監督には報告書や工程表の作成といった事務も多く、浜田は「事務所に戻る必要がなく、1日の作業時間が1、2時間短くなった」と喜ぶ。
万博の現場は最新技術が目立つ。代表例が4工区全体をとりまとめる大林組が開発した車両管理システムだ。入場ゲートに資材を積んだトラックが近づくとAI(人工知能)が瞬時にナンバーを識別し、どこの車両かをモニターに映し出す。
1日数百台に上る工事車両が特定の時間帯に集中すると渋滞を招き、工事にも支障が出かねない。大林組夢洲総合工事事務所副所長の疋田修(51)は「蓄積した通行データを基に事前に混雑の少ないルートに誘導もできる」と胸を張る。
ゼネコン各社が万博の現場に新技術を導入する背景には、長時間労働が規制されることで生じる「2024年問題」がある。4月から建設作業員の時間外労働に上限が設けられ、年720時間となった。1人の作業量が減るため、工期を延ばさざるを得ない。2割程度延びるとする指摘もあり、新技術には少しでも影響を抑える狙いがある。
竹中や大林を含め、ゼネコン各社は「契約時に2024年問題を織り込んで工期を設定し、人手も確保している」と口をそろえる。
ところが、実際にはしわ寄せが及んでいる現場もある。施工管理を担当する男性は、4月に入っても仕事量は減っていないと漏らす。「家に事務的な仕事を持ち帰るしかなく、サービス残業を強いられている。強制的に休みを取らされているが、会社のアリバイ作りとしか思えない」と憤る。
2024年問題の影響は、建設が遅れている海外パビリオンの方がより深刻だ。2交代や3交代で工事を進めなければ遅れを挽回できない可能性があるが、建設業界は慢性的な人手不足にある。
今年2月の有効求人倍率は全業種平均が1・20倍だったのに対し、建設関連は5・25倍に達した。中堅ゼネコンの担当者は「職人を奪い合う今の状況で、労働時間の上限規制をクリアしつつ、工期を守るのは非常に厳しい」と断じる。
混雑も課題となる。今秋の工事のピーク時には、工事車両は2000台超に膨らみ、作業員も5000人規模となる見込みだ。人工島である夢洲へのアクセスは橋とトンネルの2本しかないうえ、会場内の現場は100か所を超える。
建設業界に詳しいものつくり大学教授の三原斉(61)は「複雑な現場で円滑に工事を進めるには、運営主体の日本国際博覧会協会(万博協会)と施工を管理するゼネコンが密に連携して建設各社の人繰りから資材の調達先まで詳細を把握し、きめ細かく工程を管理する必要がある」と指摘する。
だが、万博協会と建設業界の間には、海外パビリオンを巡って隙間風が吹く。
ゼネコンでつくる日本建設業連合会は22年秋以降、協会に海外パビリオンの工事の発注を急ぐよう促してきた。しかし、今も17か国は施工会社が決まっていない。日建連会長の宮本洋一(76)は「我々の感覚では(開幕に間に合う)期限は過ぎている」と突き放す。
こうした発言は協会側を刺激している。協会副会長で関西経済連合会会長の松本正義(79)は2月の記者会見で、「建設会社はけしからん。国家プロジェクトの万博を成功させようとコメントしたことがない」と不満を爆発させた。
不協和音が鳴る中で、万博の建設工事は山場を迎える。(敬称略)