手がけるのは、2025年大阪・関西万博会場内のトイレだ。日本国際博覧会協会(万博協会)が、42歳以下の若手建築家を対象に設計委託先を公募した20施設の一つ。便器は60あり、奥行き13メートル、幅40メートルの敷地に、鉄骨や鋼板で約20の部屋を組み立てる。万博閉幕後を見据え、分解して再利用しやすいデザインにした。
建設費は撤去費込みで約2億円。SNSでは「2億円トイレ」と批判を受けたが、米澤は「面積あたりの単価は決して高いとは言えない」と反論する。
入札は2回行われたが成立せず、施工会社が見つかっていない。金額を引き上げれば施工会社も引き受けやすくなるが、万博協会は引き上げは考えていない。会場建設費の膨張が問題になり、「これ以上の増額は許されない」(協会幹部)からだ。3回目の入札に向け、米澤は「デザインを簡素化するしかないが……」と試行錯誤する。
2025年大阪・関西万博の費用には、厳しい視線が向けられている。
会場建設費は昨年11月、当初の1・9倍の2350億円に膨らむことが決まった。増額は2回目だ。このうち3分の2の約1570億円は、国と大阪府・大阪市が公金で支出するため、国民負担が増す。残る3分の1は経済界が負担する。
運営費も今年2月、当初の809億円から4割増の1160億円に増額された。運営主体の日本国際博覧会協会(万博協会)が入場料収入で大半を賄う計画だが、赤字になれば国や府・市が公金で穴埋めする事態も想定される。
市の人工島・夢洲に整備される会場施設で特に批判が集中したのが、万博のシンボル・環状の大屋根(リング)だ。建設費は344億円で、1周約2キロの世界最大級の木造建築物となる。政府が国会で「日よけになる」と説明すると、野党から「世界一高い日傘」などと指摘された。
万博を誘致していた当時、会場の計画は現在と全く違っていた。多様性を表現するため中心は設けず、パビリオンが幾何学模様のように入り組んで配置されていた。会場内5か所に「空」と名付けた大広場を設け、屋根のついた通路で結ぶ予定だった。これが20年12月に策定された基本計画で、リングに変更された。
会場デザインプロデューサーで建築家の藤本壮介(52)は「当時、米国ではトランプ大統領が就任していた。『非中心』という言葉は『分断』を象徴することになりかねない。(リングによって)多様なものがつながるというメッセージを打ち出したかった」と説明する。
以前の屋根の建設費は180億円で、リングへの変更で164億円増額された。会場建設費全体でも1250億円から600億円増えた。1回目の増額だ。
会場計画の変更は経済産業省や府などの出向者らでつくる万博協会の一部の幹部らで検討された。理事には書面で同意が求められ、事前に理事会で議論された形跡は確認できない。ある協会幹部は「20年中に計画を公表するため、承認を急いだ」と説明する。
万博協会理事で関西経済連合会会長の松本正義(79)は昨年11月の記者会見で、リングについて「なんでこんなもん作るんやと思った。経済界が『イエス』と言ったかは記憶にない」と不満を漏らした。
費用膨張の背景には、こうした万博協会の閉鎖体質や説明不足があるとの見方は強い。増額を繰り返した結果、会場内に設けるトイレの予定価格も引き上げられないような切迫した状況を招いた。
費用を適正に管理するため、経済産業省は今年1月、監査法人の代表や弁護士ら7人でつくる第三者委員会を設置した。万博協会も運営費をチェックする内部組織を作った。
万博相の自見英子は2月の国会答弁で、「無用な国民負担を生じさせないよう、不断の見直しに全身全霊で努める」と強調した。
会場建設費2350億円のうち、契約済みは2月末時点で1628億円。予備費の130億円を除くと、残りは592億円で、既に交わした契約を変更して行う追加工事が多くなる見通しだ。実際、昨年11月末から今年2月末までに会場建設費関連で支出が決まった120億円のうち、85%の102億円が植栽や舗装などの追加工事だった。
万博協会は追加工事のリストを作成し、592億円の枠内で収まるとしているが、物価上昇や人件費の高騰で費用が膨らむリスクをはらむ。発注後速やかにネット上で公開される新規入札と異なり、追加工事は3か月ごとの理事会で報告される。
財政学が専門の明治大教授、田中秀明は「追加工事は業者の言い値になる恐れがあり、より透明性が求められる。契約すれば速やかに公表すべきだ。情報公開とリスク管理の徹底が費用膨張を防ぐカギになる」と指摘する。
万博の開幕まで13日で1年となる。準備の進捗を検証し、課題の解決策を探る。(敬称略)
【関連記事】