失われた30年の教訓 人材生かす経済に転換を(2024年4月30日『毎日新聞』-「社説」)

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円安が進み、1ドル156円台を示す証券会社の街頭モニター=東京都中央区で2024年4月26日午後1時10分、三浦研吾撮影
 
 景気の長期低迷による「失われた30年」から抜け出せるかどうかの正念場だ。経済の活力を取り戻すには、国や企業が過去の失敗を真摯(しんし)に反省し、人を重視した社会に転換する必要がある。
日銀は3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除に踏み切ったが、日本経済が「失われた30年」から脱却できるかはなお見通せていない。
 
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解除について説明する日銀の植田和男総裁=東京都中央区の日銀本店で2024年3月19日午後3時56分、渡部直樹撮影
 
 円相場が約34年ぶりの安値水準に沈んでいる。日米の金利差が背景とされるが、日銀が17年ぶりに利上げしても、相場の流れは変わらなかった。春闘は2年連続で大幅な賃上げとなったが、物価高に追いつかない。家計は生活防衛を強いられ、「日本は貧しくなった」と感じる人が増えている。
 
 「世界第2位の経済大国」は遠い昔の話となった。来年には国内総生産GDP)でインドにも抜かれ、5位に転落する見通しとなっている。
 なぜこうなったのか。
 著書「日本の経済政策」で失われた30年を検証した小林慶一郎・慶応大教授は「国も企業も目先の成果を追うことにこだわって道を誤った」と分析する。
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トリクルダウン起きず
 
 最大の誤りは、バブル崩壊後の1990年代以降、企業が長らく働き手をコストとしか見なさず、人員削減や正規から非正規雇用への切り替えなどを進めたことだ。
 当時は、中国の台頭などで経済のグローバル化が加速し、対応を迫られていた。国際競争力が低下する中、収益確保の「即効薬」としてリストラに走った。新卒採用も大幅に絞られ、いわゆる氷河期世代を生んだ。
 天然資源の乏しい日本が唯一の強みとしてきた人材基盤は大きく劣化した。2000年代以降の世界的なデジタル革命の波に乗り遅れ、革新的な商品やサービスを創出できなくなったのは、人材投資を怠ってきたツケだ。
 政府・日銀の政策も的外れだった。大型の財政出動が繰り返されたが、景気刺激効果は一時的で国の借金を膨らませただけだった。
 小泉純一郎政権は「聖域なき構造改革」を旗印に不良債権処理を加速させたものの、経済を底上げできなかった。むしろ新自由主義的な発想で進めた雇用改革などが格差を拡大させ、消費者心理を悪化させた。
 約11年に及ぶ日銀の異次元の金融緩和策の副作用も大きい。脱デフレを掲げる第2次安倍晋三政権が推進したアベノミクスの看板政策だった。国債を大量購入し、市中に出回るお金の量を増やしたが、物価上昇率を2%に上げる目標をなかなか達成できなかった。
 円高の是正や株価回復で潤ったのは輸出企業や富裕層ばかりで、恩恵が国民全体に広く行き渡るトリクルダウンは起きなかった。格差が広がり、経済や社会を支える中間層を細らせた。
 「金利のない世界」が常態化したことで、政府は国債金利負担を気にせず、バラマキ的な財政支出を続けた。
 
将来不安の払拭が必要
 
 多くの企業は資金調達が容易になったにもかかわらず、低収益の事業を継続した。リスクを覚悟で画期的な事業に挑むアニマルスピリットが失われた。
 国の財政の悪化や、企業の人件費圧縮の姿勢は働き手の将来不安を高めた。年金や医療など社会保障制度の持続可能性が疑われ、所得も増えない中、個人消費が盛り上がらなかったのは当然だ。
 長期低迷から脱するためには何が必要か。
 小林教授は「働き手が安心して力を発揮できるよう、国や企業は不確実性の払拭(ふっしょく)に努めるべきだ」と指摘する。
 政府は財政規律を取り戻し、社会保障制度改革に真正面から取り組む。企業は社員教育など人材投資を強化する。こうした対応こそが求められている。
 経済的な事情などで希望する仕事に就けなかった人が、キャリアアップを目指せる仕組みも不可欠である。
 国は新たな知識や技能を身につけるリスキリングへの支援を打ち出す。企業や大学と連携を強め実効性を高めるべきだ。北欧のように全額を公費で賄い、無料で学べるようにするのも一案だろう。
 起業に失敗した若者らの再起を支える政策も充実させなければならない。
 人口が減り続ける日本が生き残るには、年齢や性別、国籍に関係なく、一人一人が活躍できる社会を構築するしかない。希望をもって働ける環境を取り戻すことこそが、失われた30年の教訓を生かす道である。