「日の神の天岩戸にこもりたまひしといふは、日食の事なり…(2024年4月10日『毎日新聞』-「余録」)

専用のグラスをつけて日食を見る人たち=米東部ニューヨークで2024年4月8日、八田浩輔撮影

専用のグラスをつけて日食を見る人たち=米東部ニューヨークで2024年4月8日、八田浩輔撮影
1887年8月に本州で観測された皆既日食の写真
1887年8月に本州で観測された皆既日食の写真

 

「日の神の天岩戸にこもりたまひしといふは、日食の事なり」。古事記の神話を天文現象とみなしたのは江戸時代の儒学者荻生徂徠(おぎゅうそらい)だ。神と同一視された太陽が姿を消す一大事だ。畏怖(いふ)の念が神話に投影されても不思議ではない

▲日本最古の日食記録は628年4月10日。日本書紀推古天皇紀に「日、蝕(は)え尽きたること有り」とある。計算上も確からしい。天皇が逝去したのはその5日後。当時の人々は偶然とは思わなかったろう

▲古代中国では「天の警告」と受け止められた。酒に溺れて任務を怠り、日食を予報できなかった天文官が処刑されたという故事が伝わる。漢の皇帝は日食時に自らの「不徳」を反省する詔書を発したそうだ

▲神秘性が薄れた現代でも太陽が完全に月に隠れる天体ショーはめったに見られないイベントだ。日本時間9日未明から北米各地で観測された皆既日食を数千万人が見守った。経済効果は約9000億円ともいわれる

▲バイデン米大統領は専用グラスで日食を見守る姿をSNSに投稿した。7年前に日食を裸眼で眺めて物議をかもしたトランプ前大統領を意識したらしい。日食後に米国入りした岸田文雄首相は「天の警告」とは無縁の建設的な対話を進められるか

2035年9月2日には能登半島から北関東にかけて本州では1887年以来の皆既日食が観測できるという。入学したばかりの小学1年生が高校3年生になる頃だ。子どもたちが安心して壮大な宇宙のドラマを楽しめる未来を実現させたい。