「乳飲み子の舌は渇いて…(2024年4月9日『毎日新聞』-「余録」)

ガザでは赤ちゃんの離乳食も不足している=AP

ガザでは赤ちゃんの離乳食も不足している=AP

 「乳飲み子の舌は渇いて上顎(あご)に付き、幼子はパンを求めるが、分け与える者もいない」。エルサレムの飢餓を嘆く旧約聖書の「哀歌」の一節だ。紀元前6世紀にバビロニアに包囲、征服された頃の伝承という

▲多くの住民が連れ去られた「バビロン捕囚」である。その後も長い離散と迫害の歴史をたどったユダヤ民族を結束させ、信仰を確立させた原点とされる。イスラエル建国はそうした歴史からの脱却でもあった

▲昨年10月、イスラム組織ハマスの越境攻撃でコンサートの観衆が殺害、拉致された際にもその伝承が語られた。しかし、半年にわたるイスラエル軍の攻撃でパレスチナ自治区ガザ地区に「哀歌」を思わせる飢餓状況が生まれつつある

▲国連は110万人が危機的な飢餓に苦しみ、これから7月にかけて飢饉(ききん)に陥る可能性があると警告する。紛争と干ばつで13年前に飢饉が宣言されたソマリアでは25万人以上が餓死した

▲先週、のべ4200万人分の食事を提供してきた米国の支援団体のスタッフ7人がイスラエル軍無人機で攻撃され、命を落とした。食料を積んだキプロスからの運搬船が引き返し、貴重な支援活動が中断した

▲「剣に貫かれて死んだ者は飢えに貫かれた者より幸いだ」。「哀歌」は飢餓の極限状態を描く。そんな古代の悲劇を現代に再現させてはならない。ハマスに人質解放の責任があるのは当然だが、イスラエルの人々もガザの現状を直視することを願う。人道危機を防ぐことは国際社会共同の責務である。