人生100年時代を元気に過ごすために重要なのは「たんぱく質」。不足すると、必要な筋肉の維持が困難になるのをはじめ、内臓や血管、骨、免疫力、メンタルなどさまざまな不調の原因になるという。では、どう摂ればいいのか? たんぱく質の役割とあわせて解説する。
教えてくれた人
上月正博さん/山形県立保健医療大学理事長・学長、東北大学名誉教授、総合内科・腎臓・高血圧・リハビリ科専門医。著書に『たんぱく質・プロテイン 医学部教授が教える最高のとり方大全』(文響社)。
藤田聡さん/立命館大学スポーツ健康科学部教授。運動と栄養摂取によるたんぱく質代謝を若年者と高齢者で比較し、筋たんぱく合成と分解のメカニズムの研究を進めている。著書に『たんぱく質をとって一生健康!』(宝島社)など。
高齢者は特に注意「たんぱく質不足」
季節の変わり目になり、寒暖差が大きくなると、体温調節のために働く自律神経の機能が乱れがちになる。
心身の不調や免疫力の低下が気になるところだが、その原因は「たんぱく質不足を疑うべき」と、東北大学名誉教授で医学博士の上月正博さんは言う。
「たんぱく質は私たちが最優先で摂りたい“最重要栄養素”で、人間の体づくりと生命活動のすべてにかかわっています。たんぱく質不足で低栄養に陥ると、骨や筋肉が著しく衰え、全身のあらゆる箇所に不調が現れます」(上月さん)
立命館大学スポーツ健康科学部教授の藤田聡さんも、その重要性をこう話す。 「特に高齢者は、食が細くなり、低栄養のリスクが高くなります。朝食はパンとコーヒーだけなど、糖質に偏った食事をしている人も多く、これではたんぱく質が不足してしまいます。加齢とともに筋肉合成率(※1)が低下するため、若いときと同じ量のたんぱく質を摂っていたのでは筋肉はどんどん減ってしまうのです」 (※1)筋肉合成率とは、一定の時間内にたんぱく質へ取り込まれるアミノ酸の速度のこと。高いほど筋肉の成長や修復が促進される。
健康寿命を延ばすカギとなるたんぱく質。その最高の摂り方を以下で解説する。
筋肉づくりだけではない、たんぱく質の役割
たんぱく質は体内でどのような役割を果たしているのだろうか? 知っているようで知らなかった働きや、最新の知見を紹介しよう。
【1】人の体の約17%がたんぱく質
成人の体重の約60%は水分で、たんぱく質は約17%と、たんぱく質は水分を除く体重に占める割合が最も多い。体の部位では、筋肉の約80%、皮膚の約60%、カルシウムのイメージが強い骨でも約30%がたんぱく質でできている。
【2】体のたんぱく質は80日、筋肉は180日で半分が入れ替わる
肌は28日で生まれ変わるが、体内のたんぱく質も常に新陳代謝を繰り返しており、約80日で半分が入れ替わる。これは、活性酸素などの影響でたんぱく質の性質が変わると、本来の機能が発揮できなくなるため、人間の体には作り直して不具合を回避するシステムがあるから。たんぱく質は、分解→再生の間に一部はエネルギーとして使われ、排出されるものもあるので目減りする。そのため食事でたんぱく質を補給する必要がある。
【3】日本人のたんぱく質摂取量は50年以上前と同レベルまで減少
日本人のたんぱく質摂取量は戦後に急上昇し、1970~2000年までは1日あたり80g前後だったが、そこから急降下。2019年の平均値は71.4gで、1970年代以前のレベルまで落ち込んでいる(厚生労働省「国民健康・栄養調査」)。
「現在もたんぱく質は『質的な栄養失調』ともいうべき状況です。やせ願望などの影響も考えられますが、たんぱく質は健康維持に必要不可欠。美肌を維持するためにも摂りましょう」(上月さん)
【4】たんぱく質は体内にためておけない
糖質や脂質は摂りすぎると体脂肪として蓄積されるが、たんぱく質はエネルギーとして消費されたり、尿として排出されてしまう。一部は体脂肪にもなるが、ほとんどためておくことができない。
また、1回の食事で消化吸収し、体内で働けるのは20~40g程度。まとめ食いをしても有効活用できないのだ。
【5】食べたたんぱく質の約30%が熱として消費される
食べ物を消化・吸収する場合、体内では内臓が活動して熱を生み出し、代謝量を増加させる。この反応を「食事誘発性熱産生(DIT)」といい、たんぱく質は食べた分の約30%が熱として消費され、糖質・脂質は数%しか熱として消費されない。DITは午前の食後に高く、朝食を抜くと下がるといわれている。朝にたんぱく質をたっぷり摂れば、エネルギー代謝のいい一日が過ごせるわけだ。
【6】疲労回復にもたんぱく質摂取が有効
疲れを感じたときに甘いものがほしくなるのは、糖質が体に吸収されやすく、体や脳に素早くエネルギーが届くから。だが、血糖値の急激な上昇と降下は、眠気や集中力の低下につながりかねない。
そこで、注目したいのがたんぱく質。口から入ったたんぱく質は、胃・十二指腸・小腸に運ばれ、たんぱく質分解酵素によってペプチドやアミノ酸に分解(消化)される。このアミノ酸は、体内でさまざまな物質を作り出す材料になっている。
「自律神経を安定させてイライラを鎮め、心の疲れを癒すセロトニンは、たんぱく質(アミノ酸)から作られます。また、アミノ酸のバリン、ロイシン、イソロイシンは筋肉疲労の回復効果が高い。つまり、心身の疲れにもたんぱく質がおすすめです」(上月さん)
【7】魚のすり身製品は消化されやすい
たんぱく質を体内で効率よく利用するには、できるだけ細かく、消化しやすい形状で摂るのがコツ。その点、魚のすり身は肉類に比べ、消化がいいのでおすすめだ。
(※2)植木暢彦 (2022) :「魚肉タンパク質と魚肉ペプチドでスポーツに適した体に. アクアネット; 25: 27-32.」の図を改変したもの。
【8】ホルモンや酵素、免疫抗体などの原料になる
食品に含まれるたんぱく質は、体に吸収された後でエネルギー源となり、筋肉や内臓、皮膚を作るだけでなく、酵素やホルモン、抗体などに姿を変え、私たちの命をつないでいる。その数は10万種類以上もあるといわれている。
■体内で働く主なたんぱく質
・脳神経…セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン(神経伝達物質)
・目…クリスタリン(目のレンズ・水晶体の成分)
・口腔内…リゾチーム(抗細菌酵素)、でんぷんを分解するアミラーゼ(消化酵素)など
・舌…味覚受容体(甘み・苦み・うまみ)
・肺…炭酸アンヒドラーゼ(炭酸脱水酵素=組織と二酸化炭素の交換を促す)
・胃…たんぱく質を分解するペプシン(消化酵素)など
・十二指腸…たんぱく質を分解するトリプシン、でんぷんを分解するアミラーゼ(消化酵素)など
・小腸…たんぱく質を分解するペプチダーゼ(消化酵素)など
・すい臓…インスリン(糖の代謝を調節するホルモン)
・肝臓…アルコール分解酵素(ADH、ALDH2)
・髪・爪…ケラチン
・肌…コラーゲン、エラスチン、ケラチン
・骨…コラーゲン
・筋肉…アクチン、ミオシン
・血液…ヘモグロビン、アルブミン、グロブリンなど
・免疫…抗体
「皮膚にあるコラーゲンなどは『構造たんぱく質』と呼ばれ、細胞同士をつないで体の構造を作っています。血液中のヘモグロビンは全身の細胞に酸素や栄養を運び活動させる『輸送たんぱく質』として活躍。脳内で働く神経伝達物質のセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンも、食品で摂るたんぱく質が主原料です。
このほか、筋肉や骨の細胞分裂を促す成長ホルモンや、血糖値を調節するホルモン、食物を分解して栄養素を体に吸収しやすくする消化酵素、アルコールを分解して代謝する酵素もたんぱく質でできた物質です。
さらに、細菌や新型コロナをはじめとするウイルスなどの病原体から体を守る免疫にも、たんぱく質が深くかかわっています。そのため、たんぱく質不足が体のあらゆる不調の原因になり得る。逆に言えば、たんぱく質を摂れば不調は改善するということ。積極的に摂ってください」(上月さん)
たんぱく質不足による体の不調
たんぱく質の不足は、筋肉、ホルモンや免疫、血液や骨、皮膚や髪、爪などにも影響する ★筋肉 サルコペニア、フレイル、心筋梗塞、脳卒中、動脈硬化、肩こり・腰痛、肥満、むくみ、冷え症 ★酸素・ホルモン・免疫・精神 不眠、風邪をひきやすい、消化不良、うつ症状、集中力低下、免疫力低下、月経異常・更年期障害、慢性疲労 ★血液・骨 貧血、骨粗しょう症、歯が弱くなる ★皮膚・髪・爪 薄毛、抜け毛、シミ・しわ、爪のトラブル
たんぱく質不足による体の不調
たんぱく質の不足は、筋肉、ホルモンや免疫、血液や骨、皮膚や髪、爪などにも影響する
★筋肉
サルコペニア、フレイル、心筋梗塞、脳卒中、動脈硬化、肩こり・腰痛、肥満、むくみ、冷え症
★酸素・ホルモン・免疫・精神
不眠、風邪をひきやすい、消化不良、うつ症状、集中力低下、免疫力低下、月経異常・更年期障害、慢性疲労
★血液・骨
貧血、骨粗しょう症、歯が弱くなる
★皮膚・髪・爪
薄毛、抜け毛、シミ・しわ、爪のトラブル
【9】たんぱく質の摂取量目標
たんぱく質の1日の必要量は、年齢や活動量によって異なるが、身体活動レベル別の目標量は、50~64才の女性の場合、低い人(生活の大部分が座位姿勢)なら58~83g、普通の人(通勤での歩行、家事など軽い運動を含む)は68~98gの摂取が目標だ(※厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」より)。
「これは『良好な栄養状態を維持するのに充分な量』ですが、筋肉量の多い人はこれよりも多くのたんぱく質が必要です。75才以上の女性でも、普通レベルで62~83gが目標に。食が細くなってきたら、たんぱく質の割合を増やすよう心がけましょう」(上月さん)
注意!腎機能に障害がある人は
腎臓は、血液中の老廃物をろ過して尿として排出したり、体内の水分量やミネラルバランスなどを調節したり、血液を増やすホルモンや血圧調整ホルモンを作るなど大切な役割を担っている。
「日本人の成人の約13%に慢性腎臓病の疾患があり、年々増加していることから、新たな国民病といわれています。腎機能の低下が中程度の患者は70代で3割、80代では4割以上に達しています。
慢性腎臓病になると、摂取カロリー、塩分、カリウムとともに、たんぱく質の摂取量も制限されてしまいます。これは、腎機能が低下すると、たんぱく質が代謝される際にできる老廃物が排出しきれず体内にとどまり、尿毒症を発症したり、腎臓に負担がかかって腎機能がさらに低下する恐れがあるためです。
健康な人は積極的にたんぱく質を摂っても大丈夫ですが、消化しきれないほど大量に摂る生活を続けると、腎臓に過度な負担がかかり、腎機能を悪化させる可能性があります」(上月さん)
頻尿、多尿、むくみ、倦怠感、息切れなどの症状がある場合は、腎機能が低下している可能性あるので医師に相談し、適切なたんぱく質の摂取量を調べてもらった方がいい。
取材・文/山下和恵 イラスト/うえだのぶ
※女性セブン2024年4月4日号