保守王国なのに…「過去一厳しい」自民に焦り 衆院島根1区補選の空気感 立憲民主は「宿願」なるか(2024年4月4日『東京新聞』)

 
 岸田政権の命運を握る衆院3補欠選挙(16日告示、28日投開票)で唯一、自民党が公認候補を立てる島根1区。牙城とした細田博之衆院議長の死去による「弔い合戦」だが、細田氏が会長を務めた清和政策研究会(現・安倍派)を震源とする裏金問題が自民を揺るがす。対する立憲民主党は「天王山」と位置づけ、攻勢。事実上の一騎打ちに、与野党が総力を結集する「保守王国」を歩いた。(曽田晋太郎、山田祐一郎)

◆官僚出身の自民新人「頑張り抜くだけ」

国道を行き交う車に手を振る錦織功政氏=1日、松江市で

国道を行き交う車に手を振る錦織功政氏=1日、松江市

 「おはようございます。今日も一日頑張ってください」
 1日朝、松江市内の国道沿い。自民から立候補を予定する新人の元財務省中国財務局長、錦織功政(にしこりのりまさ)氏(55)が、通勤などで市中心部に向かう車列に笑顔で手を振っていた。
 投票まで1カ月弱。東京新聞こちら特報部」の取材に「頑張り抜くだけ。汗をかいて有権者に思いを訴えることに尽きると思っています」と話した。県庁所在地の松江市などがある島根1区は、少子高齢化や人口減少が進む地域の生活をどう守り活性化するかが課題。30年の行政経験や専門知識、人脈を生かし、島根の発展に貢献すると訴える。

◆不祥事でぐらつく岩盤支持層

故・細田博之前衆院議長(2023年撮影)

故・細田博之衆院議長(2023年撮影)

 もともと島根は、竹下登元首相や「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄官房長官らを輩出した保守王国。1区も1996年の小選挙区制導入以来、細田氏が一度も議席を落としたことがない自民の牙城だ。
 だが、細田氏は昨年10月、体調不良を理由に衆院議長辞任を表明。次期衆院選への立候補には意欲を示していたが、約1カ月後に死去した。その後、かつて細田派として率いた清和会の裏金疑惑が表面化した。
 市内の医師男性(69)は「竹下さんも青木(幹雄)さんも細田さんももういない。この際、自民は一度負けて出直してもらった方がいい」と話す。自民は茂木敏充幹事長や小渕優子選対委員長ら党幹部が現地入りし、てこ入れに懸命だ。自民の街宣車からは「…政治への信頼回復に努め、新しい自民党で、かけがえのないふるさと島根を守ってまいります」と誓う声が聞こえた。

◆「細田細田、錦織は錦織で別だ」

故・青木幹雄元自民党参院会長(2010年撮影)

故・青木幹雄自民党参院会長(2010年撮影)

 細田氏は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点やセクハラ疑惑も取り沙汰されたが、公の場で語る最初の機会となった昨年10月の記者会見でも詳しく説明することはなかった。
 松江城の広場で昼食を取っていた無職男性(80)は「自分たちの代表だったと思うと、恥ずかしい。いろんな疑惑について十分な説明をしていない」と厳しい口調で語った。「裏金問題の自民には、はっきり言って失望している。今回は心情的に自民に入れにくい」。市街地にいた会社員男性(65)も「旧統一教会との関係はうやむやのまま。会見で記者の質問にきちんと受け答えできていなかった」と断じる。
 自民県連幹部は「かつてないほど厳しい選挙。粛々とやるだけだ」と話す。別の県連幹部も「今までの選挙で一番危機感を持っている。保守王国で絶対に負けられない」と吐露。陣営に「弔い合戦」のような楽観ムードはない。「細田細田、錦織は錦織で別だ」
 そもそも細田氏の急逝で、松江出身の錦織氏を公認したのは1月下旬。知名度が課題で、陣営幹部は「多くの人に会うのが基本だが、時間がない」と焦りをのぞかせる。「今回われわれはチャレンジャー。今はビハインドだが、選挙の日までに追いついて最後に勝つ」と表情を引き締める。

◆立民元職「島根県から声を上げれば、岸田政権に大きな衝撃」

大通りの車にマイクで訴える亀井亜紀子氏=1日、松江市で

大通りの車にマイクで訴える亀井亜紀子氏=1日、松江市

 1日朝は、立憲民主党から立候補予定の元職亀井亜紀子氏(58)も、県道を行き交う車や通行人に声を張り上げていた。「『官から民へ』という論理で地方を切り捨てていくことに『おかしい』と島根県から声を上げれば、大きな衝撃として岸田政権に伝わる」
 亀井氏は、島根を地盤とした元衆院議員の父久興氏の長女。2007年の参院選国民新党公認で島根選挙区から出馬し、初当選した。17年の衆院選に島根1区から立民公認で立候補し、細田氏に敗れたものの比例復活。しかし、前回21年は細田氏を相手に比例復活もかなわず議席を失った。
 捲土(けんど)重来を期し、地域をきめ細かく回る「青空集会」を続けてきた。取材に「自民王国だからといって有権者が拒絶する感じがない。少なくとも話は聞いてもらえ、ふんわりとした期待感を感じる」と話す。

◆共産、国民民主、社民が野党候補を後押し

立憲民主党の泉健太代表(2024年2月撮影)

立憲民主党泉健太代表(2024年2月撮影)

 立民にとって議席獲得は宿願。泉健太代表や岡田克也幹事長らが続々現地入りする。陣営幹部は「なんとしても勝たなきゃいけない。都市と地方の格差など長期政権の弊害は出てきており、自民政治にノーを突きつける」と意気込む。
 野党候補一本化も実現。新人候補を立てる予定だった共産党が「保守が強い島根で自民を負かすことが自民政治を終わらせる出発点になる」(県委員会幹部)と擁立を取り下げ、亀井氏の自主的支援を決めた。国民民主党の県連や社民党も支援する。

◆陣営幹部「裏金問題の関心は高まっているが…」

 ただ、市内の無職女性(78)は「自民もだめだが、立民もしっかり政策を進められるか分からず信頼できない。今回は投票に行かないかも」と悩む。会社員男性(24)は「年配の人は圧倒的に自民支持層が多いと思うが、若い世代はそもそも政治への関心が薄く、保守地盤への意識もない」と解説する。
 「島根は自民の牙城。強固な組織があり、そう簡単には崩せない」と立民の県連幹部。陣営幹部は「裏金問題の関心は高まっているが、補選は総選挙と違って関心が薄い。いかに投票率を上げ、浮動票を獲得できるか」と話す。
 島根1区では、社会福祉法人理事長の佐々木信夫氏(85)も立候補の意向を表明している。

◆3補選のうち2つで不戦敗の自民…でも「引き分け」目指す理屈とは

 「保守王国」の勝敗は今後の政局にどう影響するか。
 政治ジャーナリストの泉宏氏は自民が東京15区で無所属の新人を推薦する動きに触れ、「自民は東京は不戦敗とは考えていない。最低でも島根と東京のどちらかで勝てれば『1勝1敗』で危機を逃れたという形にできる」と指摘。岸田文雄首相が訪米の成果や株価高騰を背景に、国会会期末の6月に解散に踏み切る可能性があるとする。
 これに対し、全敗した場合は「岸田政権では選挙はできない。解散は見送らざるを得ない」。例えば菅義偉前首相は21年の衆参三つの補選・再選挙で不戦敗を含めて全敗し、総裁選不出馬に追い込まれた。「裏金問題で混乱した党内状況では岸田首相のすぐの退陣は考えにくいが、9月の総裁選に大きく影響するだろう」
 一方、共産が擁立を見送り、立民の自主支援を決めたことについて、ジャーナリストの鈴木哲夫氏は「『ラストチャンス』と言える今回の補選に向け、野党同士がどれだけ現実的な対応ができるか。結果を出せれば次の総選挙で、野党間での協力が加速する可能性がある」とみる。
 政策合意に基づく野党共闘ではなく、「政治改革と政権交代だけを共通目標に野党が候補擁立のすみ分けを進める必要がある」と強調。「政治とカネの問題を時間とともに忘れることなく、投票行動で示せるのか。次は有権者が試されることになる」と訴える。

◆デスクメモ

 衆院島根1区には、国宝・松江城シジミで有名な宍道湖などの観光名所がある。一方で、先日は島根県内で唯一の百貨店が閉店したニュースもあった。県外からは見えない、多くの住民の課題があるのだろう。国全体を左右する選挙とともに、そこで暮らす人たちを思い浮かべる。(本)