今どき新人に上から「訓示」? 川勝平太知事が差別的発言で辞任のきっかけに 根強い「説教」文化の問題点は(2024年4月4日『東京新聞』)

 
 静岡県川勝平太知事の突然の辞意表明は、県の新人職員への訓示が引き金となった。度々飛び出す知事の問題発言に最後まで揺れた「ふじのくに」。確かに、訓示の内容は差別的で批判は当然の帰結なのだが、そもそも訓示って何なのか。毎年、新人を集めて訓示する意義はあるのか。この国の「訓示文化」を考えた。(木原育子)
訓示について記者会見で謝罪する静岡県の川勝平太知事=3日、静岡市葵区の静岡県庁で

訓示について記者会見で謝罪する静岡県川勝平太知事=3日、静岡市葵区静岡県庁で

◆22分間「公僕」の心持ち語る中で

 「私の職員への激励の言葉の中に人々の心を傷つける発言があった」。3日午後に開いた記者会見で、川勝知事はそう釈明し、頭を下げた。
 問題となったのは、新人職員への1日の訓示だ。22分に及ぶ訓示の多くは、いかに静岡が素晴らしいか、「公僕」として県民に尽くすためにどんな心持ちが必要かを説く内容で、文面を読み上げるのではなく、自らの言葉で語りかけた。
 
辞職を表明し、記者会見する川勝平太知事=4月3日、静岡県庁で

辞職を表明し、記者会見する川勝平太知事=4月3日、静岡県庁で

 訓示の冒頭。川勝知事は「(採用試験は)難関だったんじゃないですか? そうでもないですか?」と笑顔。緊張をほぐすアイスブレークだったかもしれないが、新人たちの笑い声は聞こえない。問題発言が飛び出すのは9分過ぎ。「自分が正しいと思う信念を貫くためにも勉強しないといけない」とし、「県庁は別の言葉で言うとシンクタンク。野菜を売ったり、牛の世話をしたり、物を作ったりすることとは違う」と展開した。

◆「くさすやり方、最もよくない」

 落語家の立川談四楼氏は、「落語でも侍やお百姓さんが出てくる話はあるが、お百姓さんや職人さんを愚弄(ぐろう)するような内容はない」と指摘。「Aを褒めるためにBを引き合いに出してくさす、というやり方は最も良くない」と語った。
 米国出身の放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏は「日本の政治家のスピーチはとにかく長くてつまらない」と一蹴。新卒一斉採用が通例の日本と母国の違いにも触れた。「米国には新卒の概念も入社式も訓示もない。『人のお母さんと人の仕事はけなすな』と米国でよく言われる。どんな経過で今その職業に就いているか分からない中で、決めつけはよくない」

◆これからは「教官型」より「共感型」

 さて「訓示」とは何か。広辞苑によると、「年齢や地位などの上の者が下位の者に対して心得を教え示すこと」とある。つまり、偉い人が立場の低い人に対し、一方的に心構えを言い渡す説教に近い。
 「非常に前時代的だ」。コミュニケーション戦略研究家の岡本純子氏は訓示について、ばっさり切り捨てた。
 
辞職を表明し、記者会見を終えて退室する川勝平太知事=4月3日、静岡県庁で

辞職を表明し、記者会見を終えて退室する川勝平太知事=4月3日、静岡県庁で

 岡本氏は話し方などのトレーニングスキルを米国で身につけ、現在、経営者らにスピーチのコーチングをしている。「これからのリーダーは『教官型』より『共感型』が圧倒的に支持される。教えてやる姿勢ではなく、後ろから押し上げるサーバント(英語で執事などの意味)・リーダーが主流だ」と説く。

権威主義的「上意下達」見直すきっかけに

 ちなみに川勝知事は経済学者で、早稲田大教授や静岡文化芸術大学長を務め、教える側の経歴が長い。
 官公庁の場合、市民に選ばれた政治家が公務員に心得を説くのは一理あるかもしれないが、岡本氏は「組織で働く上で、訓示というあり方自体を問い直す時がきている」と投げかける。
 実際、民間企業ではトヨタ自動車三菱商事などが、権威主義的なイメージが付きまとう「訓示」ではなく、「メッセージ」や「あいさつ」と言い換えている。
 日立製作所は、入社式という名称も「キャリアキックオフセッション」に改めた。広報担当者は「組織に入ることを祝う入社式ではなく、それぞれの自立的なキャリアを踏み出す一歩を応援する意味合いがある。社長の言葉も『メッセージ』としている」と話す。
 さまざまなリーダーと接する岡本氏は言う。「日本のトップはカリスマ型リーダーにあこがれる人がまだまだ多い。川勝知事の訓示を上意下達を見直すきっかけにしてもらいたい」