静岡県の川勝知事、意図見えぬ辞職劇 「面食らった」地元の評価は(2024年4月4日『毎日新聞』)

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辞職を決断した理由などを記者会見で語る川勝平太・静岡県知事(左奥)=静岡市葵区の県庁で2024年4月3日、丹野恒一撮影
辞職を決断した理由などを記者会見で語る川勝平太静岡県知事(左奥)=静岡市葵区の県庁で2024年4月3日、丹野恒一撮影

 「不適切な発言の責任とリニア中央新幹線問題の区切り」――。辞職の意向を明らかにした川勝平太知事は3日午後、臨時の記者会見を開き、決断の理由をそう説明した。約1時間に及んだ会見で、終始穏やかな口調で記者の質問に答えたが、側近にすら明かさなかった突然の辞意表明の意図は最後まで見えなかった。【最上和喜、丹野恒一、丘絢太】

 川勝知事は1日の新規採用職員への訓示で「県庁はシンクタンク。野菜を売ったり、牛の世話をしたりとかと違い、基本的に皆さんは頭脳、知性の高い人たち」と発言。県には「1次産業従事者への職業差別ではないか」などの批判が1700件以上寄せられていた。

 午後3時半に始まった3日の会見には、数十人の報道陣が詰めかけ、注目度の高さを伺わせた。冒頭、川勝知事は「自分の言葉の中に心を傷つけるものがあった。再び思いもかけず(発言が)問題になり、不徳の致すところだ」と謝罪した。

 辞職を決意した最大の理由については、JR東海リニア新幹線の開業延期を決定したことだったと明かした。「開業延期は既定路線だったのでは」との問いに対して「新聞の1面に載るほどのことで、JRが正式に公の場で言われたのが大きい」と説明。静岡工区の工事に関わる水資源や環境問題の解決に一定の道筋がついたとして「県民との約束を果たした」と強調した。

 突然の辞意表明を受けて、県議会の各会派は対応に追われた。最大会派の自民改革会議は3日午後、役員会を開き、今後の方針を協議した。増田享大代表は「緊急事態だ。(知事と議会の)対立は県政に迷惑がかかるので、できればオール静岡の後継者でいいスタートを切りたい」と語った。

 これまで知事を支えてきた第2会派のふじのくに県民クラブの田口章会長は「決断を尊重したい」とした上で、「知事は水や建設残土、生態系といった課題を解決しないことには、リニア建設は難しいということを言ってきた。この課題解決をきっちりやっていただける後継者がいい」と注文をつけた。

各首長の反応は…「苦労あっただろう」

知事の辞意表明について感想を述べる難波喬司・静岡市長=静岡市役所で
知事の辞意表明について感想を述べる難波喬司・静岡市長=静岡市役所で

 難波喬司・静岡市長は3日、市役所で取材に応じ、「川勝知事が辞職すれば、県政も静岡市政への影響も極めて大きい。いつ辞めるのか、それまでの間、どのように県政を運営していくのか明確にしてほしい」と語った。辞意表明に関して、事前の連絡はなかったという。

 自身が知事選に出馬する意思があるか尋ねられると、「市長になってまだ1年もたっていないので、全く考えていない」と否定した。

知事との面会を終え、取材に応じる染谷絹代・島田市長=県庁で2024年4月3日、丹野恒一撮影拡大
知事との面会を終え、取材に応じる染谷絹代・島田市長=県庁で2024年4月3日、丹野恒一撮影

 この日の会見直前に川勝知事と面談した染谷絹代・島田市長は「昨夜の決断までには長い苦悩があっただろう。決断は尊い。人がとやかく言うことではない。知事の様子はいつもどおりだった。豪快な人柄が出ていた」と話した。

 中野祐介・浜松市長は3日、市役所で取材に応じて「さまざまな県政の課題が出てきている。解決に向けて動き出すことを期待したい」と語った。川勝県政の評価を問われ「県民の人気が高く、県の顔として職責を果たしてきた。県の顔としてすべて良い方向だったかというと必ずしもそうではないのかな。(一連の不適切発言で)悪い方での顔も残念ながらあった」と話した。【丹野恒一、山田英之】

農業差別に市民「またか」 「コシヒカリ発言」重ね 御殿場市長「がっかり」

 川勝知事が農家などを差別するような発言をしたことについて、難波・静岡市長は「極めて不適切だ。そして、それが問題ではないように認識していることが、二重の意味で大きな問題だ」と強く非難した。自身の8年間の副知事時代を含めて、不適切な発言はたびたびあったが「今回ほどのレベルのものは公式な場でも職場でも一回もなかったので驚いている。農業を大事にしていた人なのに、どうしてだろう」とも話した。

 

川勝平太知事の辞任表明を受けて取材に応じた中野祐介・浜松市長=浜松市役所で2024年4月3日、山田英之撮影拡大
川勝平太知事の辞任表明を受けて取材に応じた中野祐介・浜松市長=浜松市役所で2024年4月3日、山田英之撮影

 中野・浜松市長は「優劣で語れないものについて、評価するのはいかがなものかなと感じた」と語った。

 御殿場市は2021年の参院静岡選挙区補選の応援演説で川勝知事から「(御殿場には)コシヒカリしかない」と揶揄(やゆ)された。勝又正美市長は3日の毎日新聞の取材に「今回の発言は農業や畜産に関わる職種の人を見下す差別的発言と私自身も感じた。コシヒカリ発言で御殿場市民は大きな心の傷を受けたが、あれから、あまり時間はたっていない。コシヒカリ発言と重ね合わせてしまい、がっかりしている」と落胆の気持ちを述べた。

 また勝又市長は「コシヒカリ発言は選挙中、熱い戦争の中での発言で仕方ない部分もあったかもしれない。しかし、今回は新規採用職員への訓示で冷静な場」と指摘した。また「市内には農業を営む人も多く、きょうも市民から『またか』『また農業か』と言われた。知事の中には農業に対してある種の固定観念があるのではないか」と疑念を述べた。

 一方で「コシヒカリ発言後、一対一の時に知事は真摯(しんし)に謝ってくれた。しっかりした政治的信念を持つなど見習うべき資質もあった。言葉の失敗で辞めてしまうのは残念でもある」と話した。【丹野恒一、山田英之、石川宏】

リニア問題、どうなる?

 リニア中央新幹線を巡る問題への影響も出そうだ。

 難波・静岡市長は、川勝知事のリニア問題への向き合い方について、「JR東海の当初の対応が不十分だったのは明らかだが、その後は真摯(しんし)に取り組んでいる。それに対し、経営判断にまで自らの意見を言うなど不適切な発言が多くなっていた。県の事務方も含め、問題点を指摘するだけで終わりにする姿勢もどうなのかと思っていた」と話す。

 市としてのリニア問題への取り組みについては「スタンスは全く変わらない。科学的根拠に基づいて工事の環境への影響評価を有識者と一緒に考え、市としてしっかり判断していく」とした。

 中野・浜松市長は「東京と大阪を短時間で結ぶリニアは国家的な一大プロジェクト。国の成長にも関わる。課題を解決しつつ、リニア建設工事を前を向いて進めていく、それに今回の県政転換がつながるように期待する」と語った。【丹野恒一、山田英之】

事前の電話に「面食らった」 立憲・渡辺衆院議員

 立憲民主党渡辺周衆院議員(比例東海)は3日、毎日新聞の取材に対し、川勝知事から辞職の意向を表明する直前に「あなたのような方にぜひ」との電話があったことを明かした。渡辺氏は「唐突な話で面食らった。なんとも答えられなかった」と述べた。

 渡辺氏は「国政では7月にも衆院選があるかもしれない。国政の一員として軽々に判断できない」と自身の状況を説明した。

 渡辺氏は2017年の前々回知事選当時、「川勝知事が出ないのなら、私は出るつもりがある」と知事選への出馬意欲を明かしている。【石川宏】