シャツに「無実」や虹色の靴下、裁判傍聴で服装制限も…裁判所側「法廷の秩序維持」(2024年3月31日『読売新聞』)

 

当事者「過剰な対応」

 裁判を傍聴する時、どんな格好をしていくか。普段はあまり意識することのなさそうな事柄だが、衣服や服飾品によっては裁判所から着用を制限されたり、傍聴を拒まれたりするおそれがある。裁判を公平・中立に進めるためだとされるものの、実際に制限を受けた当事者らからは「過剰な対応だ」と批判的な声も上がる。(板倉拓也)

表現の自由

 「プリントされていたのは団体名で、内容も『無実の人間は罰しない』という誰もが同意できるもの。裁判所は過敏になりすぎだ」

 入院患者への殺人罪で服役後、再審無罪が確定した元看護助手の西山美香さん(44)が 冤罪えんざい の責任を問うため国と滋賀県に損害賠償を求めた訴訟で、西山さんの弁護団長を務める元裁判官の井戸謙一弁護士(滋賀弁護士会)はそう振り返る。

 弁護団のもとに大津地裁から電話があったのは昨年6月下旬。書記官から「政治的なメッセージのあるTシャツを着るのはやめてほしい」と伝えられたという。

 電話の前日には訴訟の口頭弁論が行われており、地裁側が問題視したのは西山さんの着ていたTシャツのプリントだった。冤罪事件の当事者を支援する団体「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」(京都)の名称が英語で記されていた。

 地裁側は、法廷の秩序を維持するための法廷警察権や、はちまきなどの着用を禁じた庁舎管理規定を根拠に対応を求めた。弁護団によると、応じない場合は「原告の出廷を断ることも検討する」と説明されたという。

 弁護団は同7月、「着用制限は『表現の自由』の侵害にあたり、不当だ」とする意見書を提出したが、地裁側から「考えは変わらない」との連絡があった。同9月の口頭弁論で西山さんは別の衣服を着用し、弁護団は改めて口頭で抗議した。

訴訟に発展

 法廷警察権は学生運動が過激化した1960年代、シュプレヒコールを上げた傍聴人らに対し、裁判所側が退廷を命じる際などに利用されてきた。近年、こうした場面は少なくなっているが、身に着けていた服飾品を巡り、「法廷闘争」に発展したケースもある。

 2015年に大阪地裁堺支部に起こされた訴訟では、拉致被害者の救出を求める「ブルーリボン」のバッジの法廷での着用が問題になった。この訴訟は、職場で民族差別の内容を含む文書を配られたとして在日韓国人の従業員が賠償を求めたもので、被告となった会社代表らが裁判長にバッジの着用を禁じられた。

 代表らは「不当な差別だ」として国に賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしたが、昨年5月の地裁判決は「着用を許せば、訴訟の進行に支障が出たり、裁判所の中立性に懸念を抱かれたりする可能性があった」として請求を棄却。今年1月の大阪高裁判決も裁判所側の違法性を否定したため、代表らは上告している。

線引き困難

 裁判所側の対応は当事者や証人を法廷で 萎縮いしゅく させることなく、公平・中立に訴訟を進めるためとされるが、あるベテラン裁判官は「どこまで許容するか、線引きは難しい。現場では悩みながら対応している」と吐露する。

 同じ論点が争われる訴訟でも、裁判所側の対応に差が生じるケースもある。

 同性婚を認めない民法などの規定は違憲だとして、同性カップルらが全国各地で起こした訴訟。弁護団などによると、福岡地裁では多様性を象徴する虹色の服飾品の着用が制限され、名古屋地裁でも事前に政治的主張のあるものは持ち込まないよう要請された。一方、札幌地・高裁では傍聴人が身に着けていた虹色のバッジが問題になることはなかったという。

 福岡地裁で昨年6月に言い渡された判決の際、靴下を折り曲げ、虹色の柄が見えないようにして傍聴したという明治大の鈴木賢教授は「靴下の柄まで制限するのはやり過ぎだ。傍聴したい人が傍聴できなくなりかねない」と語る。

 早稲田大の笹田栄司教授(憲法)は「法廷は 真摯しんし な議論で真理を追究する場で、中立性を重んじる裁判所側の姿勢は理解できる」と指摘。その上で「当事者や傍聴人の『表現の自由』も軽視できず、裁判所側はなぜ制限が必要かを丁寧に説明するべきだ」と話している。

  ◆法廷警察権 =裁判所法に基づき、裁判長らに与えられている権限。職務の執行を妨げたり、不当な行為をしたりする人に対し、退廷のほか、法廷の秩序維持に必要な事項を命じることができる。警察官の派遣を求めることも可能。命令に違反して職務の執行を妨げた場合、1年以下の懲役や禁錮、または1000円以下の罰金が科される。