匿名ではない「生徒A」(2024年3月30日『琉球新報』-「金口木舌」)

 「生徒A」。彼は空手の実力者だった。県大会優勝時は本紙も取り上げた。マットを降りると気迫が消えて優しい表情に変わり、仲間と喜び合う姿が描写されている

▼彼は他の空手道場に出向く際、失礼にならないようにと、黒帯を締めなかった。自らの鍛錬の傍らで幼い子を優しく教えた
▼彼が自ら命を絶ったのはなぜか。第三者再調査委員会は、顧問が彼を「支配的主従関係」に置き、「学習性無力感」に陥るほど理不尽な言葉を浴びせ続けたことを明らかにした
▼報告書は、両親に愛され、好きなことに打ち込み、周囲と喜びを分かち合う「生き生きとしたひとりの子どもの姿であり青年の姿」も描いた。「生徒A」という匿名ではない、誇り高く未来へ向かって羽ばたく1人の高校生の姿がここにはある
▼彼は教師を目指して高校に進学した。夢をかなえていたならば、思いやりのある言葉で子どもたちを導いていただろう。愛の鞭(むち)は幻想だ。古い価値観を捨て、時を進めよう。子どもの権利を尊重し、彼の夢見た教師像を皆でかなえよう。