【特集】思いやりの心を自発的な行動へ導く「手話講座」…東海大浦安(2024年3月29日『読売新聞』)

 東海大学付属浦安高等学校中等部(千葉県浦安市)は年に2回、「思いやり教育」の一環として中1から高1までの全生徒を対象として「手話講座」を行っている。講座を通して、生徒は、障害を持つ人を始め、さまざまな立場の人に思いを致すようになり、周囲に配慮し、協力し合う姿勢も育つという。手話講座に参加した生徒の声を紹介するとともに、担当教諭に講座の目的や内容を聞いた。

「浦安人生学」の一環として年2回手話を学ぶ

手話講座を導入した狙いについて話す小川教諭
手話講座を導入した狙いについて話す小川教諭

 週6日制を採用している同校は、土曜日の「総合的な学習の時間」に「浦安人生学」と呼ぶ独自の教育プログラムを実践している。その中に、外部の講師を招いて中等部生が学ぶ前期・後期各1回の「土曜講座」があり、「手話講座」も、その一環として2017年度に始まった。

 手話講座を導入した狙いについて、中2の学年主任を務める小川廣志教諭は、「手話を身に付けることが、講座の主たる目的ではありません。手話をきっかけに『誰かを助けたい』という思いやりの気持ちを育て、自発的な行動に結び付ける姿勢を培うことが大きな目的です」と話す。

 「生徒には講座を通して、世の中にはさまざまな事情で困っている人がいることを知り、そうした人たちに自分がどう関わっていけるか、考えてほしいと思っています。また、コミュニケーション方法の一つとして手話を学び、コミュニケーションのバリアフリーを目指していきたいと考えています」

 1回の講座は3時間で、江戸川ろう者協会 江戸川聴覚障害支援センターの会員を各クラスに1人ずつ講師として招き、日本語対応手話を学んでいる。講座の内容は講師が学年に合わせて組み立てる。中1では50音の指文字を学び、自分の名前などを表現できるようにする。中2では、指文字以外の名前の表し方や、誕生日、年齢、趣味などを含む自己紹介とあいさつの仕方を学ぶ。中3では、簡単な日常会話を学ぶ。実際の生徒が手話を使う場面では、相手が伝えようとしていることを理解するケースが多いため、講座でも講師の示す手話の内容を理解することを中心に学び、それに対して単語だけでも返せるよう指導していく。高1では、「総合的な探究の時間」でさらに発展的な手話を学んでいる。

手話を学んでさまざまな立場の人に思いを致す

講師が示す手話をまねていく生徒たち
講師が示す手話をまねていく生徒たち

 昨年6月24日、中2の手話講座が土曜日の3時間を充てて行われた。初めに1時間程かけて前回の講座で学んだ内容を復習したあと、残りの2時間で名前の表し方や趣味・特技を含む自己紹介の仕方、さらに「おはようございます」「おやすみなさい」といったあいさつの表現を学んだ。最後は「翼をください」を手話で歌った。

 生徒たちは、講師が次々と示す単語をまねていき、前に出て実演したり、生徒同士で手話を使って自己紹介したりする。「講師の方は『今、教わった単語を使ってみよう』『前に出てやってみよう』などと生徒に声をかけ、生徒もやり方が分からない時は講師に尋ねたり、周りの仲間に聞いたりして、一生懸命に手話を覚えようとしていました」と、小川教諭は振り返る。「積極的に手話を学ぼうとする様子が見られ、3時間があっという間に過ぎました」

 この年の講座で伊藤礼奈さんは、自分の名字の表し方を学んだ。右手でこぶしを作り、小指だけを立てて「い」を表したあと、下に向けた左の手のひらにいったん右手の指をつけて下ろす。これが藤の花房を表し、合わせて「伊藤」の表現になるという。伊藤さんは、「漢字によって名前の表し方が変わることを知り、その由来も分かりやすく教えていただき、楽しく学べました。これからもっといろいろな単語を知っていきたいです」と言う。また、「耳の不自由な方と自分には違うところがありますが、手話を通して、それも個性の一つと考えるようになりました」と話した。

 同じく伊藤 こう 君は、特技のサッカーを手話で表現した。左手の親指と人差し指で輪を作り、右手の人差し指と中指を伸ばして脚でボールを蹴るように左手の輪をはじくことで、「サッカー」の意味になる。伊藤君は「中学生になって初めて手話を学び、耳が不自由な方は、いろいろな手話をたくさん使って話していることが分かりました。日常ではあまりないかもしれませんが、実際の場面でも使えるようになりたいです」と話した。

  西にしあん さんは、「講座のあと、街で手話を使う人たちを見かけましたが、自分が思っている以上に速いスピードで手話を行っていて、すぐに言いたいことが伝わるのがすごいと思いました」と言う。「私の姉は生まれつき脚が不自由で、車椅子でバスを乗り降りしたり、階段しかない場所では父が抱きかかえて上まで連れて行ったりと大変なことが多いです。今回、手話を学んで、さまざまな人たちがもっと過ごしやすい環境になっていったらいいと改めて感じました」と話した。

周囲に配慮したり協働したりする心が育つ

講座では自己紹介やあいさつの表現も学んだ
講座では自己紹介やあいさつの表現も学んだ

 手話講座が生徒に与えた影響について小川教諭は「講師の方が表情や体全体を使って、言いたいことを表現する姿を見て、生徒はコミュニケーションの際、自分の気持ちを伝え、相手の気持ちをくみ取るために、言葉以外の要素にも気を配れるようになったと感じています」と言う。「3人の話にもありましたが、手話を学んだことで、街中で手話を使う人を意識するようになったり、バリアフリーの状況に疑問を感じたりするなど、生徒の視野が広がったようです」

 「1年生の頃は自分の意見を主張し、周りのことを考える余裕がない生徒も多かったのですが、手話講座を含めた『思いやり教育』を通して、他の人の意見を聞き、周囲に配慮できるようになったと感じます。例えば、授業のグループ活動で、以前はなかなか協力できなかった生徒が、メンバーと協力して作業できるようになったほか、自分から積極的に『私が、これをやろうか』などと声をかけられるようになりました。教員に対しても、様子や状況をくみ取って声をかけるなど、本校が育てていきたい思いやりを持った人物像に育っていると思います」

 今後の「手話講座」の運営について小川教諭は、「これからは年2回だけでなく、もう少し回数を増やしていけたらいいと思います」と話す。「さらに、教室の中で手話を学ぶだけでなく、ボランティア活動に参加するなど、実際に手話を使って誰かの役に立てる機会を設けていきたいですね」

 (文:籔智子 写真:中学受験サポート 一部写真提供:東海大学付属浦安高等学校中等部

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