東山紀之社長の空虚な受け答えは「苦笑を通り越して怖かった」 松尾潔さんが見たジャニーズ性加害問題<下>(2024年4月27日『東京新聞』)

 
 旧ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)創業者の故ジャニー喜多川氏の性加害を取り上げ、社会問題となる契機となった英BBC放送(BBC)のドキュメンタリー番組の続編「捕食者の影」が3月30日に放送された。性加害問題への言及を続ける音楽プロデューサーの松尾潔さん(56)は、番組内で記者の質問に答える東山紀之社長の「空虚さ」を指摘する。松尾さんに聞いた。(望月衣塑子)

 松尾潔(まつお・きよし) 1968年、福岡県生まれ。音楽プロデューサー、作家。少年時代から米黒人音楽に心酔し、早稲田大在学中から国内外で取材活動を展開。評論の寄稿やラジオ・テレビ出演を重ねる。90年代半ばから音楽制作へ。宇多田ヒカルさんのデビューにブレーン参加。平井堅さん、CHEMISTRY、JUJUさんらにミリオンセラーをもたらす。2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を、22年12月、天童よしみさんの「帰郷」で第55回日本作詩大賞を受賞した。提供楽曲の累計売上枚数は3000万枚超。著書に小説「永遠の仮眠」(新潮社)、新刊「おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来」(講談社)など。

 

インタビューに答える音楽プロデューサーの松尾潔さん

インタビューに答える音楽プロデューサーの松尾潔さん

◆会社トップとして失言のオンパレード

 ―BBCの続編をどう見ましたか。
 東山氏が「スマイルアップの責任者を務めることについて社会は信用しているか、信用すべきだと思うか」と聞かれ、「僕しかいない。タレントやスタッフを路頭に迷わすわけにはいかない」と即答しているが、違和感があった。組織防衛が前面に出てきた話し方で、彼はまず何より「被害者救済をするために社長になった」と言うべきだったのでは。
 あの場で何を言うかは、会社のトップとして重要だ。組織の内側、ファンの人にはファン思いの東山氏になるのかもしれないが、記者の質問の真意を理解していれば、あんな答えは出てこない。
 皮肉込みで言えば、NHK大河ドラマや数々の時代劇で主役を演じてきた東山氏が、鮮やかな口跡でこんな空虚なことを言うのかと苦笑を通り越して怖かった。BBCのカメラの前にサポート役のスマイル社の弁護士はいたのか。失言のオンパレードだった。
 
2023年10月の会見時のスマイルアップ社・東山紀之社長

2023年10月の会見時のスマイルアップ社・東山紀之社長

 東山氏は、2月のインタビューで被害申告をした約1000人のうち、約200人と面会したと話していた。一方で、自分には社会福祉士の資格もなく、カウンセリングの正式な訓練を受けた経験もないと。それが善行であるかのごとく「僕が聞くことで少しでも心が癒やされれば、それが自分の役割」「僕と話してカウンセリングになるなら」と話していたことも気になる。市民感覚というものとは違う場所で生きてきたと思わざるを得ない。社会福祉士ソーシャルワーカーをしている人たちに対しても軽すぎる発言だ。

◆スタッフ2人の性加害認めても「通報考えていない」

 東山氏だから話せないということもあるはず。もちろん、被害者からの聞き取りは彼の使命でもあるのだろうが、悪気がないからいいという問題ではない。
 喜多川氏以外にもスタッフ2人の性加害があったことを認めた東山氏は、「名前の公表や警察への報告は考えていない。権限がない」と言い「被害者が告訴すれば、自分たちも警察に情報提供する」と言った。
 2017年に強制わいせつ罪などの性犯罪が親告罪から非親告罪になり、被害者の告訴が不要になった。被害者補償に向き合うトップがこれを知らなくていいのか。付け焼き刃でもBBCの取材の前におさらいをしなかったのか。この国の多くの人々に知られているあの良い声、良い話し方で「僕には権限がないので」と言うと、何か別の狙いがあるのかといぶかしんでしまう。
 ―BBCの記者が、警察への情報提供を約束できるか聞いても東山氏は「もちろんオプションとしては考えなければいけないと思っている」と警察への情報提供を約束しなかった。どう受け止めたか。
 ある程度は想定問答があるとして、それでも「2人の性加害者を警察に通報しない」ということが会社の総意だとしたら失望を覚える。BBCの記者は変化球を投げているわけではなく、あくまでBBCの人が聞くならこういう内容だろうという想定内での質問しかしていない。東山氏がせりふを読み違えているのでなければ、あの会社の総意なんだろう。

◆誹謗中傷で亡くなった人が出ているのに…

 ―誹謗(ひぼう)中傷への対応について東山社長の発言をどう受け止めたか。
 
オンラインで記者会見するBBCのモビーン・アザー記者(画面右)=10日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で

オンラインで記者会見するBBCのモビーン・アザー記者(画面右)=10日、東京都千代田区の日本外国特派員協会

 番組では、誹謗中傷を受け昨年10月に無くなった遺族が出てきた。それなのに誹謗中傷に対し「言論の自由というのもある」「その人の正義もある」と言い、耳を疑った。自分が正義を守るかのように「言論の自由がある」と現状を是認する東山社長を見て、「表現の自由戦士」というネットスラングを思いだした。
 ―25日にスマイル社は、東山社長の発言を意図的にゆがめて放送したとして英BBC放送に抗議し、訂正と謝罪を求める文書を送ったと発表した。
 私が気になるのは、BBCがオンエアで割愛したという「なるべくなら誹謗中傷は無くしていきたいと僕自身も思っています」の中で「なるべくなら」と言う部分。誹謗中傷をなくしたいという強固な意志が感じられない。仮にこの部分も放映されていたら、むしろ東山社長への批判の度合いが高まることになったのではないだろうか。
 
インタビューに答える音楽プロデューサーの松尾潔さん

インタビューに答える音楽プロデューサーの松尾潔さん

 そもそも、現在の東山氏への『誹謗中傷を助長』という批判は、抗議文書で引用された「言論の自由もあると思うんですね。僕は別に誹謗中傷を推奨しているわけでもなく、多分その人にとっては正義の意見なんだろなと思う時もあります」という箇所だけに向けられたものではない。
 「僕が(被害者の声を)聞くことで少しでも心が癒やされれば」「(性加害を行ったスタッフの)名前を公表したり警察に報告したりすることは積極的には考えていない」といった発言等も含めて、市民が総合的に判断したうえで形成された世論と考えるのが自然だろう。今回のスマイルアップ社の抗議は、論点ずらしの印象が拭えない。
 少なくともこの国のエンタメビジネスのリーディングカンパニーのトップがとるべき行動ではない。備えてしかるべき知識・認識・見識・常識が著しく欠けていることは否定できない。

◆「日本のテレビ局は何もやらない」証拠まで伝えた

 ―旧ジャニーズのテレビ出演は、4月と3か月後の7月とで、スマイル社のタレントが主役を張るテレビの新番組が合わせて9本ほどスタート。日本のテレビの現状をどう思うか。
 テレビ局がBBCの番組をほとんど報じないのは、広告代理店とスポンサーを考えると4月の番組が始まる直前に事を荒立てたくないからではないか。
 逆にBBCは日本の改編期を意識し、続編を3月に放送したのかもしれない。事実「ほら日本のテレビ局はみな何もやらないんですよ」という証拠付きで伝えることができた。6月に予定されている国連人権委員会の報告は、7月の改編期の直前。次にテレビはどういう反応をするだろうか。
 
 東山氏に取材依頼している日本のメディアは多いのに、スマイル社が全て断っていると聞く。では東山氏は、BBCをなぜ受けたのか。私の推論はこうだ。前回、BBCでは記者が港区赤坂の旧ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)本社ビル入り口で取材を断られたシーンを流した。日本のテレビとは異なるトーンを感じさせる報道だった。今回もBBCの取材を断ると、それが世界で放映されると思い、それなら受けようとなったのではないか。どうせやるならわれわれスマイルアップの姿勢を広く知らしめたいと思ったのではないか。

◆支持者以外にどう思われようと構わない、自民党と同じ姿勢

 ―BBCの番組内では、スマイル社の広報は「虚偽の申告をする人たちがいる」と話す被害者たちを用意していた。どう思ったか。
 記者は何を見せられているんだろうと思っただろう。BBCは記者が「はっ?」とあきれている様子も流した。スマイル社側はよかれと思ってやったのか。賭けに出て失敗したのか。
 
BBC公式ホームページでドキュメンタリー番組「捕食者の影」を紹介するサイト(スクリーンショット)

BBC公式ホームページでドキュメンタリー番組「捕食者の影」を紹介するサイト(スクリーンショット

 

 スマイル側が用意した被害者たちの「声」は、ホームページ(現在は閉鎖)で「被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数あるという情報にも接している」と注意喚起を呼びかけていたことを補完する証言をしている。
 ―スマイルのホームページに「虚偽の申告者がいる」と出た日は、NHKが局内のトイレでも被害者がいたと報じた日だった。どう受け止めたか。
 被害者が出たとされるNHK放送センター西館7階。その階下のスタジオで、私は自分が出演するラジオ番組を10年以上収録してきた。世界的に見ても巨大と評されるテレビ局社屋の廊下を、若い少年たちが成人マネジャーも伴わずにウロウロしているようなNHKの状況は不適切だったのではないか。むろんスマイルアップの責任者もいるとはいえ、少年たちが成人の付き添いもなく局内に出入りするのが日常的な光景になっていた。
 「被害申請者の中にうそつきがいる」という注意喚起がハレーションを生むことも想定しながら、それでもなおスマイルアップは自社のファンへの釈明としてやったのだろう。その様子は、いまの自民党有権者のとらえ方にも近いのではないか。野党の支持者にどう思われようが、与党の支持者に票を投じてもらえればいい、それ以外の人は選挙に来てくれるなという方法論と相似形だ。


 ジャニーズ性加害問題 旧ジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)が所属タレントの少年たちに性暴力を加えていた問題。英BBC放送が2023年3月に報道し、被害を訴える告発が相次いだ。事務所は、喜多川氏による性加害を認めて謝罪。その後、社名を「スマイルアップ」に変えて、被害者への補償を終えた後に廃業する方針を示した。被害者への補償は4月15日時点で、受付窓口に981人が申告し、うち434人に補償内容を通知した。377人が合意し、354人に支払いを終えたという。スマイル社は具体的な補償金額を明らかにしていない。