◆対応しない間に、健康被害が拡大した恐れ
「健康被害事例が多数あり、死亡との因果関係が疑われる事例が2例報告されている。これらの食品を購入し手元にある場合は、絶対食べないように」
今回は後手の対応が鮮明となっている。小林製薬には1月中旬、医師から「紅こうじサプリとの関連が疑われる症状で入院した患者がいる」と連絡があった。その後も同様の相談が相次いだが、同社が公表と自主回収に踏み切ったのは今月22日になってからだった。
この間、2カ月余り。サプリの摂取を続けていた人もおり、健康被害が拡大した恐れがある。2月に腎疾患で死亡した人は3年前からサプリを定期購入し、直前までサプリの摂取を続けていたとみられている。
死者の把握も遅れた。サプリを摂取した人が死亡したと遺族から同社にメールで今月23日に連絡があったが、膨大な問い合わせに対応が追いつかず、確認したのは2日後だったという。
◆食品メーカーなど52社にも供給 一部からカビ由来の物質を検出
渦中の「紅こうじ」は、米などの穀類にカビの一種の紅こうじ菌を繁殖させて作られる。鮮やかな紅色が特徴で、沖縄の「豆腐よう」や中国の紹興酒などの伝統食品に使われてきた。
コレステロールを減らしたり血圧を低下させたりする作用があると注目され、近年は健康食品の原材料として利用が広がっている。小林製薬は2016年、グンゼから紅こうじ事業を買収し、自社でのサプリ製造販売や、飲料や食品の原材料として食品メーカーなど52社にも供給していた。
◆株価はストップ安…業績への影響は?
後手の対応は消費者の不安を増幅するほか、企業経営に打撃を及ぼす。その一つが回収コストだ。小林製薬は、自社製品や原料の供給先で自主回収にかかる費用を18億円と見積もる。
社会構想大学院大の白井邦芳教授(リスクマネジメント)は「後手に回った結果、被害者が増える可能性がある。健康被害と因果関係があると特定されれば、被害者への治療費や通院費、慰謝料なども膨らむ。特に人工透析が必要になるほど腎臓に後遺障害が残れば、相当な賠償額になる」と指摘する。
経営が傾くことはないのか。小林製薬が扱う紅こうじ関連の23年の売上高は約6億円と、全体の0.3%に過ぎない。しかし、問題の公表後、経営への悪影響を懸念して株価は一時ストップ安となった。
ただ、同社は26年連続で純利益が増益となるなど、業績自体は堅調だ。23年末時点で約270億円の投資用の有価証券株を保有しており、野村証券の大花裕司アナリストは「保有資産の売却などを通じて、当面は純利益の増益を維持することは可能」とみる。
◆小林製薬「原因わからず」 識者「予防的に対応できたのでは」
「原因を調査中だとしても、疑いがあるのであれば、少なくとも国や管轄する自治体の保健所には連絡を取っておくべきだった」
◆報告制度はあったが…「事態を重く受け止めていなかったのでは」
紅こうじなどの健康食品の取り扱いについて記す厚生労働省の文書
行政側は、食品の回収命令を出す権限を持つ。早期に情報提供しておけば、健康被害の恐れがある食品の流通を早く食い止めることもできる。
企業側から行政側への報告という点では、21年6月にできた制度がある。
食品衛生法に違反、または違反の恐れがあるような食品に関しては、回収に着手した後、遅滞なく届け出するよう義務付ける内容になっている。東京海洋大の松本隆志教授(食品流通安全管理)は「それまでは管轄する行政の命令による回収か、企業による自主回収だった。だが自治体によって報告に関する規定が異なり、規定がない自治体もあった」と説明する。
ただ、こうした報告の制度がありながら、小林製薬は周知や公表が遅れた。松本氏は「当初は事態を重く受け止めていなかったのでは」とただし、企業側の意識が後手の対応を防ぐ上で重要になると説く。
現行の報告制度にも課題がないわけではない。
松本氏によると、リコール報告件数は一気に増加し、今も増え続けている。「法律に違反する食品が急に増えたわけではなく、これまで報告されずにきたトラブルが顕在化した」とみる一方、「消費者にどこまで伝わっているのか」と周知の課題を口にする。
本来は再発防止にもつなげたいが、そこにも壁があるという。過去の回収例については理由が開示されるものの、詳しい原因までは明らかにされないとし「再発防止のためにも、情報の公開が必要だ」と訴える。
◆被害者への補償が課題に
カネミ油症の場合、健康調査が不十分で症状があっても認定されずにいる人も多く、補償を受ける認定患者は約2300人にとどまる。補償は原因となった企業によって行われるため、経営状況によって継続できるかどうかが不安視される。「弁護団として救済のための政府との交渉はいまでも続いている」
医薬品の場合、副作用による健康被害が生じた際に、各製薬会社の拠出金を財源とする医薬品副作用被害救済制度がある。食品の場合でも、企業が製造物責任法(PL法)に対応した保険に加入し、賠償に備えるケースもある。
被害者補償はどうあるべきなのか。大阪公立大の除本理史教授(環境政策論)は「被害者が泣き寝入りをしないことが重要。企業の資力を超えるような多大な損害が生じた際に、同じリスクを負う業界全体がカバーする仕組みなどが必要だ」と語る。
◆デスクメモ
食は健康に直結する。食を扱う会社は安全第一で考えるべきだ。避けたいのが内輪だけの議論。判断の誤りがただされにくい。あまたの会社が食に関わる今を考えると行政の関与は限界も。求められるのは倫理観。後手や隠ぺいに陥れば自らに多大な損害が降りかかるとも自覚すべきだ。(榊)