刑務所が変わった…男女の受刑者が一緒に職業訓練 喜連川社会復帰促進センターの現場に初めて記者が入った(2024年3月24日『東京新聞』)

 
 官民協働で運営する刑務所「喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センター」(栃木県さくら市)で、男性受刑者と女性受刑者が共同で職業訓練を受けている。男女を分けて服役するのが通例の中で、世界的に見ても珍しい取り組み。日本の刑務所で、なぜ新たな一歩を踏み出せたのか。センターと交渉を重ね、東京新聞こちら特報部」がメディア初潜入した。(木原育子)

◆エアコン清掃を習う…男女で直接話す機会はほぼない

受刑者の職業訓練を見守る刑務官=栃木県さくら市の喜連川社会復帰促進センターで

受刑者の職業訓練を見守る刑務官=栃木県さくら市喜連川社会復帰促進センター

 2月下旬、喜連川社会復帰促進センターの作業室。指南役の民間の清掃業者を前に、受刑者たちが直立不動で話を聞いていた。大きく違うのは、男性受刑者と女性受刑者が入り交じっていること。その距離50センチほど。手を伸ばせば身体に当たるほどの距離感だ。少し離れた所から刑務官がじっと視線を送っていた。
 センターには農業科や介護福祉科など14の職業訓練があるが、男女共同のクラスは床やエアコンの清掃などハウスクリーニングを学ぶ。この日はエアコンの分解清掃の手法を習得する授業内容で、汚れが飛び散らないようエアコンをビニールで包み、高圧洗浄機で清掃する作業を習っていた。
 刑務所内では刑務官の許可なく言葉を交わせない。このクラスも男女で直接話す機会はほぼないが、後片付けの際はあうんの呼吸で協力していた。
 作業を教える栃木県ビルメンテナンス協会講師の五月女(そうとめ)忠明さん(68)は「最初はちぐはぐな場面はあったけれど、男女ともども一体感が生まれて、筋もいい」と温かく見守る。

◆「社会に出た時に女性の存在に驚かないように」

 男女共同のハウスクリーニングの職業訓練は2022年度秋から始まり、期間は半年ほど。このクラスは昨秋から始まった3期生だ。
 男性7人、女性3人の30〜60代の計10人で、詐欺罪や覚醒剤取締法違反罪などで服役中だ。男性はセンターの受刑者の中から、女性は全国の刑務所から選ばれる。出所後の就職に結びつきやすいとされ高倍率をくぐり抜けた受刑者たちだ。
 実際、受講した受刑者たちはどう感じたか。
ハウスクリーニングの職業訓練について話す受刑者の男性=栃木県さくら市の喜連川社会復帰促進センターで

ハウスクリーニングの職業訓練について話す受刑者の男性=栃木県さくら市喜連川社会復帰促進センター

 覚醒剤取締法違反の罪で服役中の30代の女性受刑者は「男性受刑者が同じ空間にいて、最初は久しぶりの男性だなと思った」と率直に語った。「一緒に訓練を受ければ、力仕事や高い場所の作業はおのずと男性に任せる。そういう目配り、気配りを利かせられる力を取り戻せたのは良かった」
 傷害致死罪で服役している男性(36)は女性受刑者よりも、女性刑務官に慣れなかったという。「長く服役したが、担当さん(刑務官)といえば男性が当たり前だった」。そして「被害者や遺族のために償いの人生を歩みたい。そのために、男女共同の実用性のある訓練を刑務所にいる時から身に付けておきたかった」と語った。
 別の男性受刑者(60)も「男女共同を気にしたことはないが、社会に出れば男女半々いる。社会に出た時に女性の存在に驚かないように似た環境で訓練できて良かった」と話した。
 男女の規則上の違いも見えてきた。例えば作業服の着方。男性はシャツをズボンに入れ込むが、女性は体形が分からないようにシャツをズボンの外に出している。女性刑務官も制服をそう着ているため、それに倣った形という。
 髪形や肌のケアも、女性受刑者の方が自由度が高いようだ。男性は丸刈りだが、女性は髪を伸ばしたままでも染めたままでもいい。女性は化粧水や保湿クリームの使用が認められ、男性は許されていなかったが、2月から男性も購入ができるようになった。

◆刑の目的は「社会復帰」 刑務官は男女の「視線」にピリピリ

 刑事施設は刑事収容施設法に基づき、戸籍上の性別による男女別での収容が原則。ではなぜこの斬新な取り組みが生まれたのか。
 喜連川社会復帰促進センターの井上裕道調査官は「社会により近い形で職業訓練を受けてもらえるようなプログラムはできないだろうかと話が持ち上がった」と明かす。
ハウスクリーニングの職業訓練を受ける受刑者たち=栃木県さくら市の喜連川社会復帰促進センターで

ハウスクリーニングの職業訓練を受ける受刑者たち=栃木県さくら市喜連川社会復帰促進センター

 センターは2007年に東日本で唯一の官民協働で運営するPFI刑務所として開設され、現在も運営の一部を民間委託しているが、22年度からは公共サービス改革法に基づく形態に変わった。PFIからの切り替え時に話し合いが始まったという。
 22年の刑法改正で「拘禁刑」が創設、25年の導入を控えて刑の目的が「社会復帰」と明確に打ち出された時期とも重なる。井上調査官は「社会の実生活により近い環境を整えたかった。訓練終了時の受刑者の感想文は非常に前向きなものも多く、さらに取り組みを深めていきたい」と語る。
 男女共同の具体的な取り組みを提案した民間側の小学館集英社プロダクションの業務責任者、黒崎誠さん(53)も「高圧洗浄機の使い方も男女でそのやり方に違いがある。ちょっとした気づきが蓄積されて、お互いの理解につながるといい」と話す。
 おおむね好評だが、前例のない取り組みに現場では苦労も多いようだ。
 「不正行為がないようにかなり神経を使った」。当初からこの職業訓練を担当してきた女性刑務官はそう話す。例えば日本の刑務所では、受刑者間で視線を送り合うのは不正とみなされる。「男性と女性で視線を送り合ったように見えてしまい、『今の視線は…』と保安上の面で必要以上にピリピリしてしまった。訓練生がいかに社会復帰していけるか、彼ら彼女らの強みを伸ばせられたらいいのですが…」

◆まだまだ高い「男女別の壁」

 先進事例を全国に広げていくことはできるのか。
 法務省によると、男女を同じ施設に収容するのは拘置所医療刑務所などを除き、喜連川山口県の美祢(みね)社会復帰促進センターなど。男女共同の職業訓練喜連川に続き、本年度から美祢でも始まったが、それ以上の広がりは乏しい。
 法務省成人矯正課の大隣勝友さんは「男性の刑事施設に女性が収容できるようにするには、例えば女性用トイレを新たに設置するなど設備面の課題もある。取り組みを広げたいが、すぐには難しい」とこぼす。
法務省が入る中央合同庁舎第6号館

法務省が入る中央合同庁舎第6号館

 刑務官も基本的に、受刑者と同じ性別の刑務所に勤務してきた。昨年10月現在で74の刑務所(刑務支所、少年刑務所含む)があるが、女性受刑者が入所できる刑務所は栃木や笠松、和歌山、岩国などに限られる。女性受刑者は全体の1割程度しかおらず、それに伴い女性刑務官の全体数も少ない中で人的な課題もある。
 前出の女性刑務官も勤続16年のベテランだが、ずっと女性刑務所に勤めてきた。「大柄な男性受刑者に慣れず、暴動が起きたら耐えられるかと不安な思いもあった」と明かす。
 大隣さんは「昔に比べ、男性受刑者がいる刑務所に女性刑務官を配置する流れは柔軟になってきたが、まだ多くはない」と見通す。
 また、訓練生の選定では、強制わいせつ罪など性に関する罪で服役中の受刑者は採用の優先度を低くした。どんな訓練生なら受講できるのかの基準も含め議論はこれからだ。
 龍谷大の浜井浩一教授(犯罪学)は「刑務所の処遇が拘禁刑に変わる中で、新たな発想がようやく出てきた。男性刑務所の中に女性が入っていくのはかなり抵抗があったと思うが成功体験を深めてほしい」と期待する。「刑務所の中の環境を一歩一歩社会に近づけていくことはこれまで以上に大切になる。更生の観点からも非常に意味がある」と話した。

◆デスクメモ

 私の祖父は刑務官だった。孫にはいつも柔和な笑顔の裏で、時に感情を抑えることも必要だっただろうと仕事の大変さを想像する。2025年に導入される拘禁刑の目的は「懲らしめ」から「更生」への転換だ。罪を犯した人の社会復帰をどう支えていくのか、その模索に注目したい。(恭)