遅刻はなかなか直らないものらしい。ところが、ひどい遅刻癖の…(2024年3月24日『東京新聞』-「筆洗」)

 
 遅刻はなかなか直らないものらしい。ところが、ひどい遅刻癖のあった俳優さん。ある日を境に遅刻をぴたりと克服したそうだ
▼4月から新社会人という方もいらっしゃるだろう。つまらぬ遅刻で上司や同僚の信用を失いたくないのなら、この話は覚えておいても損はない。役者とは寺田農(みのり)さん。14日に81歳で亡くなった

▼ある日、ドラマの収録に3時間遅れで到着したそうだ。共演していた沢村貞子さんからひどく叱られた後で、優しくこう諭されたという
▼「芝居が下手でも迷惑はかからないけど、遅刻は迷惑がかかるから、遅刻だけはしちゃだめなの。芝居は努力しても上手(うま)くなるとは限らないけど、努力したら遅刻はしなくなる」-。春日太一さんの『すべての道は役者に通ず』に教わった

▼以来、努力し、一度も遅刻しなかったそうだ。芝居においても努力の人だったのだろう。戦争の愚かさを糾弾する岡本喜八監督の『肉弾』。砂塵(さじん)煙る中、裸で走り回るやせ細った寺田さん演じる「あいつ」に息をのむ。どんな短いシーンでもギラリとした印象を残す演技力。『天空の城ラピュタ』のムスカ大佐や数々のナレーションに説得力のある声を思い出す人もいるか

文学座時代、芥川比呂志さんから読書の大切さを教えられた。本を読み、他人の人生を追体験し想像力を養いなさいという。これも新社会人には役立つ話だろう。