卒業シーズン…テイラー・スウィフトは、スティーブ・ジョブズは何を語った? 名スピーチを振り返る(2024年3月23日『東京新聞』)

 
 
 東京都内の大学で卒業式が今週末にピークを迎える。東京大では22日、文京区の安田講堂で開かれ、学部の卒業生約3000人が新たな一歩を踏み出した。藤井輝夫総長は「グローバルな視点で見たときの自分の個性や強みをいかして、世界の公共性に創造的に貢献していただきたい」と卒業生に呼びかけた。
卒業式で告辞を述べる東京大の藤井輝夫総長=東京都文京区の東京大で(代表撮影)

卒業式で告辞を述べる東京大の藤井輝夫総長=東京都文京区の東京大で(代表撮影)

 一方、能登半島地震で大きな被害が出た石川県唯一の国立大の金沢大でも金沢市で卒業式があり、約2400人が門出を迎えた。式の冒頭では地震の犠牲者に黙とうをささげた。和田隆志学長は「被災地の復興、持続的な発展に真摯(しんし)な関心を持ち続けて」と述べた。
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◆卒業式の式辞から生まれた名スピーチの数々

 例年、国内外の卒業式で行われる式辞は注目度が高い。近年では2022年、米ニューヨーク大で名誉学位を授与された歌手のテイラー・スウィフトさんが行った式辞が話題になったほか、ある年の東京大式辞は「誤解」から生まれたという逸話も。卒業シーズン真っ盛りの中、過去の名スピーチを振り返る。(石川智規)

スティーブ・ジョブズさん「ハングリーであれ、愚か者であれ」

 「いくつかのライフハック(人生の質を上げる術)を紹介しましょう」。こう切り出したスウィフトさんは「人生の新しい章に進むには残すべきものと手放すべきものを見極めること」と強調。「努力することを決して恥じないで。努力しないなんて神話」とした。
 学生時代、地元のお泊まり会やパーティーに誘われず、絶望的な寂しさの中で書いたものが後に楽曲となったと振り返り「失敗が人生で最高のものをもたらした」と強調。「とにかく…。つらいことが起きる。私たちは立ち直る。そこから学ぶ。そのおかげで私たちは成長する」と話した。
 米アップル創業者のスティーブ・ジョブズさんが05年、米スタンフォード大の卒業式で語ったスピーチも「伝説」と語り継がれる。過去にアップル社を「追い出された」苦渋の日々を振り返りつつ、「何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ」。卒業生に「ハングリーであれ、愚か者であれ」と呼びかけた。

◆「太った豚になるより痩せたソクラテスになれ」は言ってない?

卒業式に臨む学生たち=東京都文京区の東京大で(代表撮影)

卒業式に臨む学生たち=東京都文京区の東京大で(代表撮影)

 日本で有名なのは1964年3月、当時の東大総長だった大河内一男さんが卒業式で「太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ」と語ったとされる式辞だ。財産をため込むよりも知性を磨けとの含意で、今も語り継がれる。
 だが、この発言には誤解があるという。東大教養学部石井洋二郎学部長(当時)は2015年3月の式辞で、大河内氏の言葉は英国の哲学者ジョン・スチュアート・ミルの論文の「不正確な引用」だったと明かした。しかも、大河内さんは式本番で「太った豚…」の部分を省略。当日は発言しなかったのに、事前に草稿を渡されていたマスコミが報道し、大河内さんが発言したように広まったという。
 名言と広まる言説に隠れた誤解。石井さんは式辞をこう締めくくる。「自分の目で確かめることも決して忘れないように」
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テイラー・スウィフトさん「努力することを決して恥じないで」

 2022年5月、米ニューヨーク大卒業式で歌手テイラー・スウィフトさんが行った式辞要旨は以下の通り。

 テイラー・スウィフト 米国出身のシンガー・ソングライター。34歳。米音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞の最優秀アルバム賞を史上最多となる4回受賞。「We Are Never Ever Getting Back Together」など数々のヒット曲があり、世界的に人気がある。今年2月の東京公演では、4日間で22万人を動員した。

 私たちは誰一人として、きょう一人でここに立てているわけではありません。私たちを愛し、未来を信じてくれた人たち、共感と優しさを示してくれた人たち、聞きづらくても正しいことを言ってくれた人たちとのパッチワークで存在しています。もし彼らがこの式にいるなら、私たちを共通の目的地に導いてくれた全ての歩みと失敗に感謝の意を表してほしい。
 私は普通の大学生活を送ることはできませんでした。高校まで通い、その後は空港のターミナルの床で宿題をしながら教育を終えました。子どものころ、私はいつも大学へ行くことを考え、新入生寮の壁にどんなポスターを貼るか想像していました。
 私が普通の大学生活を送れなかったことに文句を言いたいのではありません。あなただって(新型コロナウイルスの)パンデミック(世界的大流行)の最中に大学に来て、基本的に寮に閉じ込められた。あなたも私も、人生という箱の中にメニューから選んだものを全て手に入れ、運んでもらえるわけではないことを学びました。あなたは、あなたが得たものを得るのです。
 いくつかのライフハックを紹介しましょう。人生はとても重たい。成長し新しい章に進むためにはキャッチ・アンド・リリース、残すべきものと手放すべきものを見極めることです。ある有害な人間関係が、たくさんの素晴らしい、シンプルな喜びを凌駕(りょうが)することがある。あなたは自分の人生のための時間と余白を選べます。見極めることです。
 私は物事に対する熱意を隠しません。私たちの文化の中に、熱望することはクールではないという誤ったスティグマ(否定的な意義づけ)がある。でもここでしゃべっているのは私。だから聞いてほしい。努力することを決して恥じないで。努力しないなんて神話。
 私は12歳のときに曲を書き始めました。以来、曲は人生を導く羅針盤となり、私の人生が私の曲を導きました。私は10代で世間の注目を浴び、若い女性のロールモデルとなりました。でも私が失敗したらすべて私の責任になり、私は永遠にポップスターの刑務所に入ることになる。しかし、私の経験では失敗が人生で最高のものをもたらしました。
 ノーと言われたこと、仲間に入れてもらえなかったこと、勝てなかったこと…。振り返れば、それらは「イエス」と言われた瞬間よりも重要だったように感じます。
 今あなたは学校という組織や枠組みを離れ、自分の道を歩みます。どの道を選べばいいか難しいときもあります。どうアドバイスしたらいいか。私はしません。
 怖いニュースですが、あなたはこれから自分自身で生きるのです。クールなニュースとしては、あなたはもう自分自身として生きているのです。
 私はこれをあなたに残します。私たちは直感、欲望、恐怖、夢に導かれます。あなたは時々めちゃくちゃになるでしょう。私もそうです。とにかく…。つらいことが起きる。私たちは立ち直る。そこから学ぶ。そのおかげで私たちは成長するのです。
 今日という日を共有できることを誇りに思います。私たちは一緒です。だから踊り続けましょう、2022年卒業生として。