万博に便乗?自信のなさの表れ? 大阪府が検討する「インバウンド徴収金」に合理性はあるのか

2024年3月20日 12時00分
 大阪府は今月、インバウンド(訪日外国人客)を対象にした徴収金の創設を検討すると明らかにした。2025年大阪・関西万博で訪日増に拍車がかかるとし、受け入れ対策の原資を得たいという。ただ「経済効果がスゴい」と喧伝(けんでん)されるのが万博だ。新たな収入源は必要か。万博に便乗していないか。海外誘客をしておいて、いざ来たら「カネを払って」はどうか。(山田祐一郎、木原育子)

◆また吉村知事がぶち上げた

 「外国人観光客徴収金のような制度を導入するべきだと思っています」。6日の記者会見で大阪府の吉村洋文知事がこう述べた。
 「外国人観光客の方に快適に過ごしていただき、大阪を楽しんでいただきたいと思いがある一方で、オーバーツーリズムの予防対策や町の美化もやっていく必要がある。地域住民との共存を図っていくためにも、負担をお願いしたい」と自らの考えを明かした。
吉村洋文大阪府知事(資料写真)

吉村洋文大阪府知事(資料写真)

 吉村氏は、来月にも有識者会議を設置するとし「できれば大阪・関西万博が始まる2025年4月から運用開始できないかと考えている」とも。19日に「こちら特報部」が府に確認すると「実現すれば日本で例がない制度だが、現時点で具体的に何も決まっていない」と述べるにとどまった。
 昨年5月に新型コロナウイルスの感染法上の位置づけが5類に移行したことを受け、インバウンドは回復基調にある。同年の訪日外国人数は約2507万人。コロナ禍前の19年の約8割まで戻り、24年1月も19年1月と同水準で推移する。

◆オーバーツーリズムは問題になっているが…

 観光庁の調査では、19年との比較で延べ宿泊者数が特に増えているのが、首都圏と関西、中部の三大都市圏。大阪府は北海道、東京都に次ぐ規模だ。消費動向では宿泊費や娯楽等サービス費が増加している。担当者は「地方空港への直行便がまだ少ないため、三大都市圏に人が集中しているのでは」とみる。
 観光客の増加で懸念されるのがオーバーツーリズム。観光公害とも呼ばれる。国内では既に、観光客から原資を得て、対策に充てる取り組みが自治体によって行われてきた。
外国人観光客でにぎわう古い町並み=2024年2月、岐阜県高山市で

外国人観光客でにぎわう古い町並み=2024年2月、岐阜県高山市

 00年の地方税制改革で、自治体が独自の税を課せるようになり、02年には都が全国に先駆けて「宿泊税」を創設。宿泊者が一定の金額を支払う制度で、大阪府も17年に導入。現在、3都府県と6市町が導入済みで22年度の税収は計50億円以上。1泊100〜200円程度を集めるのが中心だ。
 広島県廿日市市は昨年10月、世界遺産厳島神社がある宮島を訪れる人から1人100円を徴収する「宮島訪問税」を開始。島のトイレ整備やごみ処分など維持管理の財源に充てる。

◆バリ島は1500円の「徴収金」制度

 かたや吉村氏が目指すのが宿泊税の増税に加え、外国人に限った徴収金の創設だ。具体的なイメージとして「宿泊税と同程度のものを同様の方式で。実際には宿泊施設に徴収をお願いすることになると思う」と会見で説明した。
 現時点で、大阪でオーバーツーリズムの問題が生じているわけではないとしつつ「万博とその先の統合型リゾート施設(IR)と、魅力あるエリアとなる」と対策の必要性を強調した。
 
インドネシア・バリ州の「外国人観光客徴収金」を伝える現地大使館のサイト

インドネシア・バリ州の「外国人観光客徴収金」を伝える現地大使館のサイト

 一方で課題も。日本が各国と結ぶ租税条約には「国籍無差別」の規定がある。ただ外務省によると、インドネシアのバリ州は今年2月からバリ島を訪れる外国人旅行者から15万ルピア(約1500円)の「徴収金」を課し、専用サイトなどで納付を受け付けている。吉村氏は「他国の事例を参考にしたい」と述べる。

◆でも、外国人だけから集金するのはアリなのか?

 課税であろうと、徴収金であろうと、行政機関が外国人だけから集金するのはどう捉えたらいいか。
 白鷗大の石村耕治名誉教授(税財政法)は「外国人と日本人を区別することにどんな合理性があるのか。憲法がうたう『法の下の平等』に違反する可能性がある」と指摘する。
 コロナ禍で「外国人お断り」の張り紙をした店側の行為は「国籍や民族、人種を理由に入店を拒否することで、民法上の公序良俗不法行為違反を疑われた」。今回はそれ以上に根深い問題をはらむ。「公的な機関がやろうとしている。憲法上の問題だ。どんな合理的な理由があって外国人だけから徴収金を取るのか、しっかり基準を示す必要がある。単に取りやすいところから理由なく取ることになれば、不合理な差別を生む」と警告する。

◆「世界中から人やモノが集まるイベント」が狙いなのか

 府が徴収金の創設で念頭に置く一つが万博だ。推進してきた側は、海外誘客に力を入れてきたはずだ。内閣官房の推進本部がまとめたアクションプランは、開催のメリットを「コロナ禍で縮小した国内外との人的交流を復活させること」とうたう。政府観光局は多言語での万博特設サイトを開設し、府もプロモーション動画を作成。日本国際博覧会協会(万博協会)は「世界中からたくさんの人やモノが集まるイベント」と強調してきた。
 万博を通じた海外誘客を進めながら、訪日客から徴収金を集める状況は整合性が取れるのだろうか。
大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク

大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク

 大阪在住のジャーナリスト、吉富有治氏は「本当に万博に来てほしかったら、優遇ぐらいの措置を取るはず。来てもらうメリットを示すべき時に徴収しようとするのは、逆行している」と首をかしげる
 そもそも推進側は、万博で地元が潤うと訴えてきたはずだ。2017年に経済産業省の検討会が出した報告書では、経済効果が約2兆円と試算された。19年の国会答弁では、想定する来場者数として国内から2470万人、海外から350万人、計2820万人に達すると説明された。

◆経済効果でウハウハだったのでは?

 今年1月には民間シンクタンクが2兆7457億円に上る試算を公表。吉村知事もすぐさまX(旧ツイッター)で反応し、万博外のイベントや施設を訪れる「拡張万博」も進んだ場合の試算に触れ、「3兆3667億円民間試算→大きな経済効果」とツイートした。
 これほどの経済効果が期待できるのなら、新たな収入源が本当に必要なのか。
 吉富氏は「穿(うが)った見方をすれば、よほど自信がないのだろうかと疑いたくもなる。何をしたいのか全く意味不明だ」と口にする。
外国人観光客でにぎわう東京・築地=19日

外国人観光客でにぎわう東京・築地=19日

 同様に大阪を拠点にするジャーナリスト、今井一(はじめ)氏も「外国人観光客に『来て』と言いつつ『来たらカネ払って』というなら、その徴収金によってインバウンドでいつも大混雑の地下鉄に乗っている私たち府民や当の外国人にどんなメリットがあるのか、それを示してもらわなければ安易に賛成できない」と語る。
 ただ経済効果は未知数だ。カギになる来場者数でいえば、ディズニーランドとディズニーシーの合計が年間約3000万人。万博は半年の開催期間でこれに匹敵するほど集客する算段だ。

◆「赤字の穴埋めと考え始めているのでは…」

 経済アナリストの森永卓郎氏は「想定の半分ほどの1500万人ぐらいしか来ないのではないか」と見立て、吉村氏が創設をもくろむ徴収金は「大幅な赤字の穴埋めとして考え始めているのではないか」とみる。
 安易な課金は、いつかわが身に降りかかる可能性もある。森永氏は「大赤字の末に増税というのも大いにありうる話。徴収金も簡単に認めるべきではない」と唱え、「かつて世界都市博覧会を中止した青島幸男さんのような決断力を今こそ見せるべきだ」と求めた。

◆デスクメモ

 ゴミ処理や案内掲示に費用がいる、だから徴収を、という話だろうが、訪日客のおかげで潤う面も、貴重な交流を生む面も。心を砕くべき点も多い。何を大切にするか、その人の本質が色濃く出る誘客。吉村氏からにじむのが、配慮を欠く自己都合。安直な人々に政治は任せられない。(榊)