13年前、震災で救われた命が、静かに失われています。
東日本大震災と原発事故で自宅を失った人などが入居する災害公営住宅。
誰にもみとられずに亡くなるいわゆる「孤立死」は昨年末までに355人以上に上ることがNHKの取材でわかりました。
今年度に入り、少なくとも48人が新たに確認されています。
何が起きているのでしょうか。
孤立死 数日間気付かれないケースも
しかし、震災から13年がたち、住民の『孤立』が深刻になっています。
自治会長の植垣みどりさん(75)は見守り活動の中で、住民たちの変化を感じています。
植垣みどりさん
「何日も出てこない人もいる。会える時は部屋の前まで行ってインターホンだけでお話しするときもあります」
住民の“孤立死”は、植垣さんが把握しているだけでも去年までに3人確認。
数日間、気付かれないケースもあったといいます。
植垣みどりさん
「洗濯ものを干したままで1週間くらい誰も見た人がいなくて。ショックですね。こんなに一緒にいて、あれだけ元気だった人が亡くなったっていうのは」
「『調子悪いですよ』と聞けば、部屋まで行って『どうですか』とは聞けるんですけど、常に行くって事はできないから」
「次は私かしら」
身近で孤立死が起きている状況に住民たちも不安を感じるといいます。
佐藤淑枝さん(81)です。
夫の常平さんとともにこの住宅に最初に入居しました。
当初、住宅内に知り合いはほとんどおらず、みずからお茶会を開催するなどしてほかの住民たちと仲を深めてきました。
佐藤淑枝さん
「こういうところに入ったらみんな一緒なんだもん。だから垣根を越えて心を一つにしてほしいなとずっと思ってきた」
しかし、常平さんは肺がんを患い、闘病の末、3年前に他界。
看病のさなかお茶会を開くこともできなくなり、交流は次第に減っていきました。
60年近く連れ添った夫だけでなく仲の良かった住民も亡くなり、この頃はひとり、今後を案じる日々が続きます。
佐藤淑枝さん
「交流が、帯みたいに太いものがだんだん細くなって、最後には出てこられなくなった、みたいになっていくんじゃないかなって。自分も含めて。変な話、次は私かしらって思うときありますよ。だめだって思いつつ自分に結び付けてしまう」
“孤立死”355人 各県では
自治会の運営も危機的状況に
しかし18人の役員の定員に対し、今は10人で活動。
現在の役員は60代から80代が中心で、新たななり手も見つからず負担も大きくなっています。
役員
「(任期)2年やってやめようと思ったらやる人いないって。今3年目」
「目がかすんでくるの。ちょっと限界だなって」
甲斐谷活史さん
「何のためにやってんのって自問自答しますよ、自分の部屋に帰ると。何のためにやってるんだろう、なんでこんなに仕事のかたわら忙しい思いしてやっているんだろうって」
山田町職員
「私たちの支援は令和7年度が支援終了予定となっているんですけど、どういったことがこれからできていくのかなと。支援の方向性が見えていないというのが現実、厳しいところかなと思います」
負担が集中しない仕組みを
コーディネーター
「ぱっと連絡とりたい時にはすごくいい手段で。毎回毎回集まらなくてもいいとか、簡単なことはもうラインで出せばっていう一つのツールですよね」
甲斐谷さんは、役員だけに負担が集中しないような仕組みも考えていきたいといいます。
甲斐谷活史さん
「団地の人を巻き込んでいろいろなことをやっていこうって考えてる。(住民に)参加してもらうような形で、運営できれば一番いいなと思って。そうすればおのずと何か。次の役員が出てくるんじゃないかな」
災害公営住宅のコミュニティーづくりに詳しい岩手大学の船戸義和客員准教授によると、岩手県大船渡市の災害公営住宅では、3年前から、自治会以外の住民に仕事を手伝ってもらい、少額の謝礼を出す取り組みを行っているといいます。
役員の負担を軽減するほか、住民に自治会の仕事への理解を深めてもらうことがねらいで、住民も参加してみると交流の機会になることがわかり、楽しんで手伝っているそうです。
能登半島地震で被災した場所でも災害公営住宅の建設が検討されています。
13年後に同じ課題に直面しないように東北の被災地で今起きている高齢化や孤立化にどう向き合うのか、考え続けていかなくてはいけないと思います。
(取材班:梅澤美紀 天間暁子 村田理帆 藤家亜里紗 宮崎竜之輔 金澤隆秀 山内彩愛)
(3月11日 おはよう日本で放送)