ドラマ『ふてほど』を見てギョッ!令和の上司も「不適切にもほどがある!」ワケ(2024年3月9日『ダイヤモンドオンライン』)

 

 話題のドラマ『不適切にもほどがある!』を見て、ある意味ゾッとしました。「令和の職場の人間関係で圧倒的に欠落していること」に気が付いたからです。そして、「このドラマはリーダーシップ研修の教材にしたほうがいい」とも思いました。(トライズ代表 三木雄信)

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● 『不適切にもほどがある!』で考える 「令和の職場環境」における重大な欠落点  主演・阿部サダヲ、脚本・宮藤官九郎のテレビドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系・毎週金曜夜10時)が好評です。ドラマの概要は、「昭和おやじが令和にタイムスリップ!『不適切』発言が令和の停滞した空気をかき回す!」と番組紹介にある通り、主人公が昭和と令和を行き来することで感じるさまざまなギャップを題材としたコメディーです。

 昭和世代の私も毎週楽しく視聴していますが、経営者仲間の間でもチェックしている人が多くて話題になっています。それは、組織をまとめる立場として考えさせられる論点が幾つもドラマ内で取り上げられるからです。

 その1つに、「令和の職場環境」があります。ドラマの第1話では、ある職場で「先輩(秋津)からパワハラを受けた」と後輩(加賀ちゃん)が訴えたことから、関係者が居酒屋で「人事部の聞き取りに備えてシミュレーション」をするシーンがあります。

 あらすじやせりふは次の通りです。※以下ネタバレを含みます

 鹿島(男性の上司) 本当に心当たりない?

秋津(アラサー男性社員) ないですよ。加賀ちゃんには僕、一目置いていたんですから。

田代(女性の上司) 彼女はパワハラ認定に向けて動いているの。「メンタルが限界です」って。

鹿島 1カ月休職するらしいよ  ~「ハラスメント被害相談者聞き取り票」に「プレゼン直前にプレッシャーをかけられた」と書いてある資料を見ながら回想シーン~ 秋津 いよいよだね。期待しているから頑張ってね。

加賀ちゃん(Z世代女性) はい。  

秋津 えっ?応援するのもダメですか? 田代 それで心、折れちゃう子もいるからね。 鹿島 パワハラ認定。軽率でした、と。

 このやり取りを居酒屋の隣席で聞いていた主人公で昭和おやじの小川が、口を出し始めて議論になります。

 小川 “頑張れ”って言われて会社休んじゃう部下が同情されてさ。“頑張れ”って言った彼(先輩)が責められるって何か間違ってないかい?だったら彼は何て言えばよかったの?

田代 何も言わなきゃよかったんです。何も言わずに見守って、うまくいったらプレッシャーを感じない程度に褒めてあげる。ミスしても決して責めない。寄り添って一緒に原因を考えてあげれば彼女(後輩)の心は折れなかった。

小川 気持ちわりっ!何だよ寄り添うって。そんなんだから時給上がんねーし景気悪いんじゃねーの?挙げ句の果てにロボットに仕事取られてさ。ロボットはミスしても心折れねーもんな。

 この後の展開は後述しますが、最近の職場では「あるある」話だからでしょう。放送後、SNSは感想で大盛り上がりでした。私も、「面白いドラマを見たな」と満足する一方で、ある意味ゾッとしました。「令和の職場の人間関係で圧倒的に欠落していること」に気が付いたからです。そして、「このドラマはリーダーシップ研修の教材にしたほうがいい」とも思いました。小川も疑問を投げかけていましたが、秋津は後輩にどう接すればよかったのでしょうか?

 ● 「リーダーシップには唯一絶対の正解はない」 部下の指導を4型で考察するSL理論とは

 秋津はどう接すればよかったのか。私がドラマふてほど(こう略すのがトレンドのようです)を見て気づいた、令和の職場問題を述べるために、まず、「シチュエーショナル・リーダーシップ理論」(Situational Leadership、以下SL理論)を説明しましょう。状況対応型リーダーシップとも呼ばれ、「リーダーシップには唯一絶対の正解はない」ことから、社内の状況やメンバーの課題に応じてマネジメントのスタイルを変える手法です。

 SL理論では部下を4つのタイプに分け、それぞれに合った4タイプのリーダーシップがあるとしています。

 まず、部下の4タイプですが、「新入社員」は、モチベーションは高いものの業務スキルは低い。次に、「2・3年目社員」は新入社員と比較するとモチベーションは低下し、業務スキルは上がっているものの十分とはいえません。なお、この時点での離職率は高く、厚生労働省の最新の調査結果では入社後3年目までの離職率は、新規高卒就職者が37.0%、新規大学卒就職者が32.3%となっています。

 さらに進むと、モチベーションはそこそこあり、業務スキルは一通り身につけた「普通の社員」となります。そして、普通の社員の中から一定数が、高いモチベーションと業務スキルを備えた「できる社員」に到達します。

 マトリクスにおける横軸の「指示型行動」とは、上司から部下に対して仕事のやり方を具体的かつ細かく示すことです。一方、縦軸の「支援型行動」とは、部下の主体的な提案や行動を引き出し、それに対してアドバイスやサポートすることを指します。

 部下のタイプに合った4つのリーダーシップの型は次のとおりです(日本能率協会の資料から一部編集)。

 【指示型】
 意思決定はリーダーが行い、部下に具体的な指示命令を与え、仕事の達成までの進捗を細かく管理する。友好的な人間関係を築くことよりも仕事の達成度を高めるサポートを重視。

 【コーチ型】
 リーダーは指示型・教示型と同様に指示命令を与えるが、部下の意見やアイデアを引き出すために援助もする。リーダーの一方的な指示ではなく部下とのコミュニケーションを取りながら進める。リーダーは部下の仕事の達成度と部下との人間関係構築にも努める。

 【支援型】
 意思決定は部下が行い、リーダーは部下が目標を達成するまでのプロセスを援助する。リーダーは意思決定の責任を部下と分かち合う。

 【委任型】
 進捗状況の報告は受けるが、リーダーは意思決定と問題解決の責任を部下に任せる。

 例えば、2・3年目社員は、往々にして会社と自身の方向性のギャップを認識し始めます。そこで、上司はある程度細かな指示型行動を継続しながら、支援型行動を強化することが、退職の防止にもつながります。

 また、普通の社員に対しては、細かな指示的行動は避けて、より大きな単位での指示的行動を心がけるとともに指示型行動自体を減らしていきます。そして、会社に貢献してもらうのと同時に、個人のキャリアパスを支援するためのマネジメントも意識します。

 できる社員に対しては、ゴールを共有すれば自然と達成してくれるので、指示的行動も支援的行動もそれほど必要ではなく、責任を部下に持たせることも出てきます。

● コンプラ意識で窮屈な令和マネジメント 多様性が大事なのに結局、画一的

 さて、前置きが長くなりましたが本題です。ドラマふてほどを見て痛感したのは、令和の人材マネジメントがSL理論に全く沿っていないということです。ハラスメントになるリスクを避けようと、どんな成長レベルの部下に対しても細かな単位での指示型行動は避けて、大きな単位の支援的行動のみにとどめるようになりつつあると思います。場合によっては、支援型行動すら控える傾向もあるでしょう。

 それを象徴するのが、先述した居酒屋シーンの田代のせりふです。「何も言わなきゃよかったんです。何も言わずに見守って」は、本来その部下に必要な具体的な指示もせず、支援型行動の1つである「承認」も弱いと言えるでしょう。パワハラ回避策が、マネジメント自体の放棄となっています。

 これでは、たとえモチベーションは高くても業務スキルや知識が足りない部下は、暗中模索になり空回りし、不安が高まるばかりです。本来、このような部下に対して上司は、指示型行動も支援型行動も必要に応じてどんどん行うべきです。

 居酒屋シーンはその後、このドラマの醍醐味である独特なミュージカルシーンに展開します。秋津が「話し合いましょう、たとえ分かり合えなくても。ロボットじゃない僕たちだからできること。それは話し合い」と歌い出し、皆で本音をぶつけ合います。

 そして、突如として加賀ちゃんが登場。秋津や周りに「叱ってほしかったんです。叱られたことがない。一度も、親にも、誰にも」「構ってほしかっただけかもしれません」と打ち明けます。秋津は「それは、言ってくれないと分からない」と返し、最後は「話し合えて良かった」と皆が納得の表情を浮かべます。

 こうしてパワハラ疑惑は一件落着しましたが、とはいえ、秋津も田代も鹿島もある意味、マネジメント不全の被害者なのです。印象的だったせりふを紹介します。

 秋津 上から何も教わってないのに「下は腫れ物、気を付けろ」。今年で入社7年目。メンタルとっくに限界です!
田代 どんな正義も振りかざしたら圧になる。だから主張しない、期待もしない。今年で入社13年目。メンタルとっくに死んでます!
鹿島 叱ったらそれはパワハラになるじゃないか。だから怖くて叱れない。それが組織。

 「多様性が大事」と猫もしゃくしも謳っているのに、組織における人材マネジメントは令和時代においても結局、画一的なものを要求していると思います。もしかすると一部では、昭和の同調圧力以上のものがあるかもしれません。昭和と令和を行き来する小川の言動は、そういった点も示唆していると感じます。

 ドラマふてほどの世界観は、時代が進んでも私たちが乗り越えていない壁について、時にシニカルに指摘します。一方で、昭和と令和の良い点もたくさん思い起こさせてくれます。最終回まで目が離せそうにありません。

三木雄信

 

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