ALS嘱託殺人 「生き抜く」を支える社会に(2024年3月8日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 身勝手な理屈で医師としての一線を踏み越えた罪を指弾した判決である。背後の課題に目を凝らしたい。

 2019年に京都市筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者から依頼を受け、薬物を投与し殺害したとして嘱託殺人罪などに問われた男性医師の裁判員裁判で、京都地裁は懲役18年を言い渡した。

 被告は元医師の男性と共謀し、女性の自宅マンションで胃ろうから薬物を注入した。

 判決は、被告は主治医でもなければALSの専門医でもなく、女性とはSNS上のやりとりだけで病状を正確に把握していなかったことなどを指摘。130万円の報酬を得ており「真に被害者のためを思ったとは考え難い」とし、「生命軽視の姿勢は顕著で、強い非難に値する」と述べた。

 ALSは体の自由が徐々に奪われていく難病だ。寝たきりになり、最終的には呼吸も自力ではできなくなる。意識や感覚は明瞭(めいりょう)なままだ。女性は苦悩と孤独をブログにつづり、「安楽死させて」などと書くこともあった。

 被告はかねてSNSで「安楽死」を肯定する持論を展開。今公判でも、女性の願いをかなえるために行ったと主張した。

 治療のあり方や患者の尊厳については、本人と主治医らが慎重に話し合いを重ねる必要がある。そもそも日本では、医師らが薬物などを投与し人為的に死に導く「安楽死」は合法化されていない。

 被告は女性と会って15分ほどのうちに殺害した。十分な意思確認にはほど遠い。医師の知識を使って患者の命を絶ち、「安らかな死」にすり替えるのは、悪質というほかない。

 気になるのは、この事件を受け難病の患者や重度の障害者の「安楽死」を容認する声が、SNSなどで散見されることだ。

 女性の気持ちは揺れ動いていた。ブログには将来を悲観する言葉の一方、希望を見いだし、ほかの患者を励ます記述もあった。

 過酷な病と闘う人の苦しみは想像を絶する。「死にたい」という思いも真剣に受け止めつつ、「生きたい」と言えない社会のありようを変えていきたい。

 人工呼吸器を着けたALS患者の多くは在宅療養となる。24時間態勢のケアが欠かせない。家族の負担をおもんばかり、呼吸器を拒んで亡くなる患者もいる。

 どんなに重い病や障害がある人も、生き抜くことができる。その体制の整備に全力を注がなくてはならない。