3月8日は国際女性デーとされ、毎年この時期には世界中で女性の地位向上、女性の生き方について考えられ、論じられる。
最近では2024年4月、日本航空社長に同社初の女性社長として鳥取三津子氏が就任することが話題になった。彼女は1985年(男女雇用機会均等法施行前年)、活水女子短期大を卒業し東亜国内航空(のちの日本エアシステム)にキャビンアテンダントとして入社した。やがて日本エアシステムは日本航空に統合され、20年に彼女は同社の執行役員となる。女性、短大出身、キャビンアテンダント出身、統合した会社出身など「初」づくしだ。
■「社長の出身大学ランキング」から女性トップの状況を見ると…
日本では、1986年の男女雇用機会均等法(以下、均等法)施行から40年近くたった。 均等法1期生(大卒で86年入社組 1963~64年生まれ)は60歳となり、定年もしくは定年間近の年齢を迎える。均等法によって、男女の雇用機会は均等になったのだろうか。
「社長の出身大学ランキング」(2023年/東京商工リサーチ調べ)から女性の数字をみると、残念なことに均等とはおよそほど遠い状況であることがわかる。 ・*日本大2万248人、うち女性480人(2.4%) ・*慶應義塾大1万617人、うち女性393人(3.7%) ・*早稲田大1万420人、うち女性334人(3.2%) ・ 均等法施行以降、女性が企業のトップに就くケースは少なかった。
1980年代以降、総合職で採用される女性は増えつつあった。だが、その数は男性に比べれば十分ではない。また、入社後もその企業に染み渡った男社会ゆえ昇進では男性が優先され女性がキャリア形成面で後れをとってしまう、などの現実が待ち構えていた。
こうした女性にとって厳しい企業風土のなか、トップに就いた女性がいる。何人か紹介しよう。 1986年(均等法1期生)、丸山千種氏は成蹊大法学部を卒業しキリンビールに入社した。同社初の女性営業職として活躍する。2016年キリンエコー(キリンホールディングス100%子会社)の社長に就いた。現在はキリンビール人事総務部人事担当主幹をつとめる。
1988年(均等法3期生)、江田麻季子氏は早稲田大第一文学部を卒業し、90年に米アーカンソー州立大大学院を修了。2000年にインテルに入社した。同社でアジアパシフィック地域のマーケティングディレクターとしてキャリアを積み上げる。13年から18年までインテルの社長をつとめた。その後、富士フイルムホールディングス社外取締役、東京エレクトロン社外取締役、住友商事常務執行役員となり現在に至る。この間、内閣府規制改革推進会議委員(16年就任)、世界経済フォーラム日本代表(18年就任)を歴任している。日本より男女の隔てがないアメリカの企業文化によって、江田氏はキャリアを積み重ねることができ、社長になったという側面もあろう。
1989年(均等法4期生)、鳥海智絵氏は早稲田大法学部から野村証券へ女性総合職2期生として入社した。同期の総合職300人中、女性は彼女を含め7人だった。トレーディング、エクイティ、投資銀行などの部門で経験を積み、2014年野村信託銀行執行役社長に、2023年には、野村証券副社長に就任した。早稲田大の広報誌で後輩にこうエールを送っている。「女性の方が結婚や出産など、人生の選択を迫られるタイミングが多いのは間違いありません。生涯設計が大事だといいますが、予期せぬことが起きるのが人生。事前にプランを決め過ぎずに“たわみ”を持ちながら人生を柔軟に切り開いていってほしいと思います。学生時代は、その選択肢を広げる貴重な時間です」(「早稲田ウィークリー」2015年4月20日)
1991年(均等法6期生)、及川美紀氏は東京女子大文理学部を経てポーラに入社した。教育、マーケティング、商品企画、営業など化粧品事業をすべて経験し、2020年社長に就任した。母校についてこう話している。「女子大のように、女性というジェンダーをしっかり見つめて、「女性にはもっと可能性がある」ということを声高に言ってくれる場所はあまりないと思っています。これからの社会をリードしていく女性たちがどうあるべきかを真剣に考えてくれている環境は女子大ならではだと思います」(東京女子大ウェブサイト)。
■2010年代以降は企業のトップに立つ女性が増えてきた
彼女たちばかりではない。均等法から約四半世紀たった2010年代、企業トップとして活躍する女性は増えてきた。一部上場企業、ベンチャー企業などを中心に女性社長を紹介しよう。
ユーシン精機社長の小谷高代氏は大阪大大学院修了後、日立製作所生産技術研究所に入ったが、その後、外資系コンサルティング会社KPMGに転職する。マサチューセッツ工科大ビジネススクールを経て、ユーシン精機に入社し、2021年社長になった。
ビザスクCEOの端羽英子氏は東京大経済学部を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。その後、マサチューセッツ工科大ビジネススクールを修了し、日本ロレアルなどを経て、12年株式会社walkntalk(現・ビザスク)を設立した。事業内容はリサーチ、コンサルタントなど。
coly社長の中島瑞木氏は東京大教養学部を卒業後、モルガン・スタンレーMUFG証券を経て、14年に、オンラインゲームの企画・開発・運営をするcolyを双子の妹と設立した。18年社長に就任、現在は副社長。
ウォンテッドリー社長の仲暁子氏は京都大経済学部出身。ゴールドマン・サックス証券を経て、2010年フューエル(現・ウォンテッドリー)を設立した。企業の早期離職対策、人材育成を支援している。
はごろもフーズ社長の後藤佐恵子氏は慶應義塾大経済学部出身。味の素、スタンフォード大経営大学院修士課程、マッキンゼーを経て、04年にはごろもフーズに入社した。常務取締役サービス本部長などを歴任する。19年、社長となった。同社は「シーチキン」で広く知られており、1931年創業以来初の女性社長となる。はごろもフーズの将来について、こう話している。「まず当社で取り組んでいきたいのは、女性の積極的な登用です。もちろん、産休、育休といった制度を整え、仕事に復帰してからもできるだけ仕事が続けやすいような環境づくりを常に考えています。私自身、自分の経験から切実に感じた時間単位での有給休暇の取得制度を今年から始めたいと思っています」(「三田評論ONLINE」2020年4月15日)
難関大学、アメリカのビジネススクール、外資系証券会社またはコンサルタント会社など共通項が多い。企業トップになるためのロールモデルの一つとして確立しつつある。
■老舗企業で頭角を現す女性たち
伝統的な企業でも女性がかじ取りする姿は、若い人たちの励みになる。
JR九州取締役常務の赤木由美氏は早稲田大第一文学部出身。JR九州に入社後、広報、営業、経営企画部門を担当し、12年にJR九州ファーストフーズの社長になった。JR九州グループで初の女性社長である。その後、JR九州人事部長、熊本支社長、上席執行役員などを経て、23年に取締役常務となった。社内での評価は高い。「その実績、能力とともに、人格、見識とも優れており、ESG経営、JRの強化やグループ全体の経営戦略の推進、DXの推進等を通じて当社グループの企業価値の向上及び持続的なモビリティサービスの構築に中心的に力を発揮するとともに、取締役会における議論にその知見を反映することを期待し、取締役候補者といたしました」(JR九州第36回定時株主総会の案内)
ホッピービバレッジ社長の石渡美奈さんは立教大文学部を卒業後、日清製粉に入社したのち、広告会社でのアルバイトを経て祖父が創業したホッピービバレッジに移った。広報宣伝担当、副社長などを経て、2010年社長に就任。石渡氏はこう記している。「私が大学生の頃は、まだ『女性が経営者なんて』という時代。卒業後は別の会社に就職したものの、27歳のとき、やはり家業を継ごうと覚悟を決めました。父に嘆願したら『お前には無理だ』と一蹴されたのですが、1年かけて説得して入社。以来、自ら広告塔『ホッピーミーナ』と名乗って積極的に広報活動を行うなど、業界の異端児と言われながら歩んできました」(季刊「立教」254号〈20年11月〉)
■新ビジネス、起業にも女性の躍進がみられる
一方、新しいビジネスに挑戦し、起業する女性たちがいる。
コスメ商品を販売するDINETTEを経営する尾崎美紀氏は、中央大総合政策学部在学中、芸能界で活動していた。ヘアメークをしてもらった経験がきっかけとなり、美容にのめりこんでしまい、美容関連の会社を作った。
香りのブランド「whitte」を立ち上げた白石小百合氏は法政大国際文化学部卒業後、テレビ東京アナウンサーとして活躍した。その後、起業する。その理由についてこう記している。「香りの力に目覚めたのはアナウンサーとして局に勤め1~2年後、声が出なくなり味覚がなくなってしまった際に、香りを学んだことで感覚が戻った経験から。心と体、感性と感覚は繋がっていると確信。その後、フランスと日本でそれぞれ調香師に師事し、さらに独学で学び、ブランドを立ち上げる」(Whitteウェブサイト)
COTOCOTO代表者の山賀琴子氏は青山学院大法学部在学中、「2015年ミス青山グランプリ」に選ばれ、大手芸能プロダクション、研音に入社、俳優として活動し、TBS系のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」にも出演していた。19年COTOCOTOを設立し、ジュエリーブランド ENELSIA(エネルシア)のクリエイティブディレクターをつとめる。
Mederi代表取締役の坂梨亜里咲氏は明治大文学部を卒業後、コンサルティング会社勤務などを経て、2019年にmederiを創業。同社は医師など専門家による監修のもと妊娠や出産に関わるサービスを行っており、「自宅でできるもっとも身近な妊娠準備」を掲げている。坂梨氏は妊産婦食アドバイザーの資格を生かして、新しいビジネスに挑んでいる。こう話す。「mederiは私の長年の不妊治療経験がきっかけではじまりました。多くの女性に早くからご自身の体に興味を持っていただき、納得できる人生を歩むためのサポートをしたいと強い想いを持っています」(mederiウェブサイト)
テーブルクロス最高経営責任者CEOの城宝薫氏は立教大経済学部在学中の起業である。2014年設立。レストラン予約のアプリの開発・運営などを事業としている。会社を立ち上げた当初、学生ゆえに大変な苦労をしたという。「当時は親の扶養に入っていたこともあり、収入証明書もないので、オフィスを借りることも複合機をリースすることさえも大変でした。経験も浅く、商談も思うように進まないことも多かったです。もし、社会経験を積んでから起業していたら、もう少し早く成果を得られていたと感じることもありますが、若かったからこそ吸収も早く、早い時期に多くの経験を積み幅広い世界感を身につけることができたのは良かったと思っています」(東京都産業労働局東京都創業NET)
さまざまな分野で元気な女性が現れたことはとてもうれしい。
2024年3月、日経平均株価が史上最高値を更新し4万円台を付けた。だが、国民の多くは豊かさを感じていない。日々の暮らしが大変だからだ。企業の多くは景気の良さを感じていない。グローバル化のなかで経営のかじ取りが難しい。こうしたなか、女性社長の登場はたくさんの期待を抱かせてくれる。斬新かつ柔軟な発想で日本の社会を引っ張ってくれるのではないか。
悲しいかな、ジェンダーギャップ指数で日本は世界125位(2023年)という情けないポジションにある。まだまだ男社会全開の古い企業体質を改善させなければならない。そのためにも、優秀な女性を経営陣にどんどん登用してほしい。
日本航空社長に女性が就任という報に、女子学生は夢と希望を持てた。野村証券副社長の鳥海智絵氏、JR九州取締役常務の赤木由美氏は十分にトップを狙える。
日本の企業、日本の社会を良くするために、女性社長の誕生、活躍を期待したい。
(教育ジャーナリスト・小林哲夫)
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