台湾有事避難案 有事回避する外交が先だ(2024年3月6日『琉球新報』-「社説」)

 政府が台湾有事を念頭に検討を進める先島諸島から九州各県と山口県に約12万人を避難させる計画原案が判明した。八重山の住民は原則、九州北部と山口の5県、宮古は南九州3県で受け入れる。政府は今後、移動手段や県別の避難人数を各県と確認し、2024年度中の決定を目指す。

 12万人を迅速に輸送できるか、避難先で安定した生活ができるかなど現時点で実効性を見極めることはできない。
 大事なのは住民の命を本気で守るためのリアリティーだ。避難計画の実効性を追求すればするほど難題が噴出してこよう。住民の命を本気で守るのなら、有事前提の避難計画を作る前に、有事を避けるため、中国との紛争・戦争の火種を取り除く外交こそが先だ。有事に至らないための外交政策に注力することが筋である。
 避難計画への最も大きな疑問は、本土・九州は有事の際、安全なのかという点である。避難先の山口には米軍岩国基地がある上、九州各県には自衛隊が多く存在し、避難先である鹿児島の川内駐屯地や熊本の健軍駐屯地、長崎の相浦駐屯地竹松駐屯地も、防衛力強化による部隊増強の対象だ。それらの基地も攻撃の標的になる可能性がある。
 にもかかわらず、なぜ南西諸島だけで有事想定の避難の計画や訓練が先行しているのか。南西諸島に限定した戦争を描いているのなら、「捨て石」にした沖縄戦時と同様だ。
 疑問は尽きない。避難計画に米軍基地を多く抱える沖縄本島は含まれない。本島住民はどこに逃げればいいのか。
 避難計画で使う予定の、宮古、新石垣、与那国の3空港と避難先の鹿児島空港は政府が安全保障上重視する「特定利用空港・港湾(特定重要拠点)」の対象だ。日頃から訓練などに軍事利用されれば攻撃の標的になる。それらを使うこと自体、危険極まりない。
 島外への輸送手段は民間機か、自衛隊機か。空港まで誰が住民を運ぶのか。航空・バス会社が自ら従業員を危険にさらすとは思えない。病人や高齢者など要配慮者にはどう対応するのか。避難先では1カ月程度の滞在を想定しているが、長期化したら住民の生活はどうなるのか。現在の計画は、これらの課題に応えたものとは言えない。
 沖縄戦の直前に実施された県外疎開では、制空・制海権を失った中で県関係者を乗せた船舶26隻が米軍に撃沈され、4579人が犠牲になった。いざ戦闘が始まれば、住民避難は困難を極めるのは沖縄戦での犠牲が証明している。
 避難計画・訓練は防衛力強化と一体だ。「住民も戦争をやる気」という誤ったメッセージを中国に送りかねない。敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を含め、全ての紛争を武力や武力による威嚇に訴えないとした日中平和友好条約にも反する。今、必要なのは条約に基づく善隣友好の精神で緊張緩和を進める外交だ。