「なぜ女性は昇進できない」を解明した川崎市職員にたっぷり聞いた 「軽視される仕事」と「形状記憶合金」(2024年3月6日『東京新聞』)

なぜ女性は「昇進」できないのか。
 
 川崎市職員の佐藤直子さん(50)は長年、自治体職員として働きながら感じてきたモヤモヤの正体を解明しようと、自治体の女性職員のキャリア形成などについて大学院で研究に取り組んでいます。女性は昇進したがらない? 女性管理職が就く部署は決まっている? 現状の背景には何があるのか、変えていくことはできるのか、話を聞きました。(小林由比、北條香子)
 

佐藤直子(さとう・なおこ) 川崎市こども未来局青少年支援室子どもの権利担当課長。1998年入庁後、児童館での青少年健全育成業務、公務災害・通勤災害事務、区役所での市民協働まちづくり業務、総合計画などの庁内調整事務、支庁への手紙、コールセンターなどの公聴担当、幼児教育担当などを担当してきた。自身を含めた女性職員のキャリアパスに関心を持ち、2018年から研究を開始。22年4月から埼玉大経済経営系大学院博士後期課程。専攻は労働経済論、ジェンダー論。著書に「女性公務員のリアル―なぜ彼女は『昇進』できないのか」(学陽書房)。

◆異動したら…知らないことばかり

―ご自身はどんなキャリアを歩んできたのですか。
 
佐藤直子さん

佐藤直子さん

 民間の会社を経て、1998年に入庁しました。当時は就職氷河期で、意識低めな方だった私は、いろんな異動先がある役所なら長く働けるだろうくらいの感じで市役所に入りました。
 最初の1年間児童館で勤務した後、本庁で庶務的なことを担当していました。30代前半で異動した労務課では、最初の1年は扶養手当や年末調整などの処理を担当しました。規定に当てはめていけばできる仕事で、当時は新人や女性がやる仕事、という感じでしたが、さほど気にしていませんでした。それが2年目で、係を異動になり、国が進める給与構造改革の担当となりました。役所全体で取り組む大きな仕事で、目立つポジションでした。
―何か変化がありましたか。
 特殊勤務手当の見直しを担当したのですが、条例や規則、要綱や細々した運用の内規みたいなものがいっぱいあったり、組合との折衝などの知識も必要だったり。私はそれまでまったく関係のない仕事をしてきたので、全然わかりませんでした。でも、同じ職場にいた男性職員数人はみんな例規改正や人事、給与制度などの知識があった。「何で知ってるの?」と聞くと「やってたから」と。彼らは法制課や人事課、人事委員会など今の仕事に関連のある部署から異動してきていました。

◆「私はキャリアと関係なく配置されている」

川崎市役所

川崎市役所

 なにも知らないのは私のせいではないのですが、「何でそんなことも知らないの」と言葉や態度でバカにされるようなことはよくありました。みんな忙しいから教えるのも面倒くさい、という雰囲気で。「ああ、他の職員は取ってつけたような配置はされていないんだな、私は職務経歴とは関係ない理由で配置されているんだな」と気づいたんです。
―違和感はその後変化していきましたか。
 その後異動した企画調整課は、川崎市の中では官房系の部署で、役所の中では中枢と位置づけられている部署でした。大きな事業を進める際など、複数の部署にまたがることを内部調整することなどが仕事。調整をして合意を得て進める、といった経験が重視されますが、そういう仕事の経験も私は乏しく、苦労しました。

◆とりあえず10年間、黙って働いて…

 役所で働く中での苦労の種類や度合いは「個人」というより「男」「女」というくくりによるのではないか、と感じるようになりましたが、10年間は黙って働こうと思いました。それは私自身が役所のことをよくわかっていないなと思ったから。自分もよくわからないので、まずはなんなのかやってみて、その上で自分がどう思うか確認しようと思いました。
―10年の間にやはり感じ続けた自身のモヤモヤに学術的にアプローチしようと、研究に入ったのですね。
 そうですね。働く中で、確実に性別で割を食っているという実感はありました。その「分かっていること」を論文にしようと、40代半ばで埼玉大大学院修士課程に入りました。地方公務員の幹部職員がどういうキャリアをたどってきたかを聞き取り、その人たちがどういう仕事をしてきたか、その仕事の性質が男女でどう違うのかを明らかにし、女性職員の育成に効果のあるキャリアパスとはどういうものかを検討しました。

◆女性はスキルを身に付けられる期間が短い

―どんなことが明らかになりましたか。
 局長級の幹部職員を経験した計11人のキャリアパスを調べました。ヒアリング調査では、管理職の職務を行う上で役立った業務について聞き、対象者から共通して得られた回答を「スキル形成に効果がある業務」として、それぞれの異動履歴に落とし込みました。すると、一般事務職で本庁の局長になった男性はキャリアの初期から「スキル形成業務」を経験していました。女性も男性も管理職に昇進する年齢にはそれほど差はないのですが、局長級になる男性はキャリアの初期からスキル形成業務を経験しているのに対し、女性はスキル形成がしやすい経験ができる期間が短く、管理職になるまでにスキルが形成されにくいということです。
 
佐藤直子さん

佐藤直子さん

 もうひとつ、異動履歴のデータを分析して男女差が顕著に出ていたのが、旅費事務や文書事務など規定に則った事務処理の担当経験でした。区長になった女性は全員がこの庶務事務を経験していたのに対し、局長級を経験した男性は5人のうち4人は一度も庶務事務を経験していませんでした。これは、庶務事務という職務がジェンダー化されていたわかりやすい例です。

◆「重要」で「上位の仕事」は男性に回る

―性別によって経験する業務の質が違い、その結果女性のキャリアパスが成長しにくいものになっているということですか。
 はい。これに関しては民間企業のさまざまな業種で、女性がなんの仕事をしているのか、ということを多くの研究者が研究しています。そこから何が理論的に言えるかというと、その組織の中で「重要」で「人材の価値が上がる」とされている仕事は男性がやり、そうじゃない仕事に女性が就くということです。組織の中で、「上位の仕事」「低位の仕事」という規範ができあがっているんですね。
 「上位の仕事」とされているものが、本当に難しいのかどうかは疑問を感じることもありますが、その文脈の中でこれは重要だとか、これをやると出世できる、スキルや人脈ができるような仕事は男性に回っているのです。私も研究で、ある政令指定都市で何が重要な仕事で、何が女性でもできる仕事、とされているかということを分析しました。

◆権力を持つ者は同じような人間を選ぶ

―なぜ、こうした状況になっているのでしょうか。
 これは重要なポイントなのですが、誰か決定的な権限を持っている人が、「重要な仕事」を決めているわけではなく、組織全体としての規範が強くあるということです。例えば、今私が就いている子どもの権利担当課長は女性の課長がつく仕事とされています。その序列は乱さないことが決まっていて、仮に、局長が私を局内の別の課長に就けたいと思っても、いつの間にか形状記憶合金のように、当てはめられているのです。
―組織の中で「変えたくない」という意識が強いということでしょうか。
 私は全国の自治体の方からも話を聞く機会をつくっていますが、どこにも同じようにある現象が、いま権力を持っている人が自分と同じような人間を選ぶ、ということです。今やっている研究は「能力ってなに?」というテーマなのですが、先行研究によると、能力に実態はなく、選抜のシステムが能力感をつくるというのが有力な説の一つです。管理職の選抜は、その自治体によって、試験や学歴、推薦など何を重視するかはさまざまですが、選抜システムの中でどういう人が選ばれているかによって、その組織の中で「この人はできる」「能力がある」という基準は変わります。
 
佐藤直子さんの著書「女性公務員のリアル」

佐藤直子さんの著書「女性公務員のリアル」

 役所の場合、「あいつはすごい」というのは、多くは長時間拘束的な働き方ができる、何を振られてもやる、ということが重要なポイントになります。では、そういう働き方ができる人はどういう属性ですか、となると、妻がいて自分は家のことをなにもしなくてもいい、という男性が圧倒的だったわけです。いろいろな人脈とか、暗黙のルールみたいなものがあるので、その時点の偉い人からみたら、そういう人にやらせるほうが確実だし、それでも女性を使おうっていうのはよほどでなければやらないですよね。

◆「絶対いや」と言わなかった人が上に

―女性管理職を増やそうという議論になると必ず「女性自身がなりたがらない」「見合った能力や経験のある女性がいない」といった声も上がります。
 なぜ女性の管理職が増えないのか、という研究は公務労働に関してもいくつかあります。増えないのには需要側の組織側の理由と供給側の女性側の理由があるのですが、公務労働について、なぜ女性の意欲が低くなるのかという分析はされていても、組織側の理由についての研究はほとんどありません。
 先ほど指摘したキャリアパスや配置などの問題がトータルとして女性が自信を持てない状況をつくっている、ということは指摘されていますし、昇進するタイミングが子育てと重なるという説明はわかりやすいのでよくされますが、理由はもっと複合的です。女性が家事や育児などの無償労働を多くやらなくてはいけない状況や、それを後押しするような「103万円の壁」といった社会保障制度などもある。社会全体がそういう方向性になっている、ということをもっと知らせていかなくてはらないと思います。
 
―とはいえ、女性管理職の比率は上がってきてはいますよね。
 私自身が今管理職にあるのは、単に長時間働ける人間だった、ということだと思っています。あとは断らない能力。絶対嫌ですと言わなかった人が上に上がっている感じです。

◆女性管理職を本庁に置かない力が働く

 今は女性管理職の比率を上げなくてはならないので、まあこの人だったら大丈夫だろう、という人を突然管理職にすることが多いのですが、どこにでも置けるわけではない。私が就いている子どもの権利担当課長のように、女性が管理職に就きやすい仕事というのがあって、子どもとか文化とか男女共同参画とか、人権とか福祉とかそういうところです。そして、そうした部署は現状では、役所の中で基幹的な部署とは見なされていません。
 
 さらに、女性管理職は本庁ではなく主な意思決定にかかわりがない支庁で増えていることがわかっています。女性管理職の登用が全国的に見て進んでいる自治体でもそうです。本庁管理職には女性を一定以上置きたくない、置けないという力も働き、結果として支庁に増えているというふうに私は見ています。また一般事務職では少なく、保育士や保健師といった専門職が多いことも女性管理職の特色です。

◆管理職になっても自信を持てない

―今管理職についている女性たちはどんな悩みを持っているのでしょうか。
 川崎市の一般事務職の本庁管理職33人への聞き取り調査で、「自分が今の職場の中で中心になっていると思いますか」という質問をすると、「そうはなっていない」という人が半分くらいいました。今までの自分のキャリアでは自信を持って組織を回していくことができないと感じている管理職が多いです。

◆行政は本当に中立的なのかを問う

―そもそも、行政の仕事の中で、子どもや人権、福祉などは重要な仕事ではないでしょうか。
 私がこれからの研究テーマとして考えているのは、行政は本当に中立的な運営をしているのか、ということです。行政学では行政は中立的な政策決定や実施をしていることを前提としていますが、本当にそうでしょうかと。男性が作り上げた規範によって、これは役所の正規職員がやらなくてもいい仕事だと判断されたケア的な仕事や相談業務などが、非正規の会計年度任用職員の担当になったり外部に委託されたりしています。こうした分野は、女性管理職を就けてもいいとされているポジションとも重なっており、そういう仕事を軽視しているということではないでしょうか。
 
佐藤直子さん

佐藤直子さん

 相談などの仕事は、許認可や処分といった権利義務に変化をもたらすものではないので、軽視されてきた面もあります。ですが、最近は相談によって行政的に支援をするということが対市民、対社会で重要になり、研究の世界でも重視されるようになっています。女性が多く就いているこうした仕事を重視できる社会になるかどうか、そこが変われば女性のやっている仕事の価値もあがり、構造的な変化みたいなものが起こってくるのではないでしょうか。

◆この循環を断ち切らねば市民の不利益に

―あらためて、なぜ女性管理職を増やしていくことが必要なのでしょうか。
 組織が変化に対応できなくなっている要因は、似たような人が似たようなことを選び続け、その循環から抜け出せない点にあります。今管理職になっている女性の中には、男性に気に入られているだけといった人もいて、それだけでは変わりませんが、誰か1人でもそうじゃない人が意思決定の場に入っていくことで、循環を断ち切り、変えていくことに繋がるのではないかと思います。
 男性が多数を占める同質性に気付けないまま、これでいいじゃん、うまくいってるじゃん、と同じことの繰り返しで行政が運営されることは、市民に不利益をもたらすことになります。意思決定層に多様な人がいるメリットは、リスクをちゃんと指摘できる人がいるということではないでしょうか。

佐藤直子(さとう・なおこ) 川崎市こども未来局青少年支援室子どもの権利担当課長。1998年入庁後、児童館での青少年健全育成業務、公務災害・通勤災害事務、区役所での市民協働まちづくり業務、総合計画などの庁内調整事務、支庁への手紙、コールセンターなどの公聴担当、幼児教育担当などを担当してきた。自身を含めた女性職員のキャリアパスに関心を持ち、2018年から研究を開始。22年4月から埼玉大経済経営系大学院博士後期課程。専攻は労働経済論、ジェンダー論。著書に「女性公務員のリアル―なぜ彼女は『昇進』できないのか」(学陽書房)。