招致が不可欠なワケ、“天才的フィクサー”の光と影とは?(2024年3月6日)

ダイヤモンド・オンライン
 
 

● 田崎史郎氏による 「朝生」での驚きの発言  田崎史郎氏といえば、ワイドショーの世界で「自民党べったり」といってよい立場を貫き通しているにもかかわらず、その憎めないキャラクターで干されない珍しい政治評論家だ。安倍晋三元首相らとすし店で会食したことで「スシロー」と揶揄(やゆ)されたりもするが、会食しながら本音を聞き出すのはヨーロッパでもありふれたことで、ばかげた批判だろう。

 田崎氏はそうして得た情報を自分の推測として話されるのだが、そういう役回りのジャーナリストがいても別に構わないはずだ。  その田崎氏が2月23日深夜放送の「朝まで生テレビ」で、自民党の最大派閥「清和政策研究会(安倍派)」の裏金問題について次のような趣旨の発言をした。

 「清和会の裏金がいつから誰が始めたかは、自民党の調査では不明だとされている」 「ただ、森喜朗元首相が会長時代から始まったと多くの人が言っている」 「国会で森さんを参考人招致したらどうか」

 この発言は大事件である。これは、岸田文雄首相をはじめとする自民党の幹部たちの本音だということであろう。

 清和会の裏金事件をロッキード事件リクルート事件並みの巨悪だというのは、間違いである。ロッキード事件リクルート事件もその立件については、かなりの無理があったわけではあるが、二つとも贈収賄という汚職事件である。

 それに比べると、清和会の裏金問題は、あまりにもおおらかに違法行為を派閥ぐるみでしていたのは酷い話だが、賄賂をもらって政治を歪めたわけでないのだから、同じレベルで論じるのはおかしい。

● 清和会事務総長の実態は 流布されたイメージと大きく異なる  

この事件では、松野博一官房長官西村康稔経済産業相、高木毅前国対委員長といった清和会事務総長経験者が立件されるのでないかと話題になったが、事務総長の力はたいしたものではない。

 清和会事務総長が、党運営の実務にかかわらない首相に代わって、実質的には党運営をまかされる自民党幹事長のようなものだというイメージが流布されたが、そんなことはありえない。実際の権限は、派閥の会合を招集したり、他派閥との事務的な打ち合わせの窓口だったりするだけだ。

 1日の衆院政治倫理審査会の質疑から、安倍元首相によるキックバック中止の指示が実行されなかったことについては、西村前経産相が事務総長を辞めて高木前国対委員長が就任するまでに開かれた最高幹部の会合で決まった方針に基づくものという構図が浮かび上がってきた。

 そもそも、もし、事務総長が党の幹事長のようなポストだったら、みんななりたがるし、派閥の後継者への登竜門になるはずだが、まったくそういうことではない。  それがどうしてありもしない権限を持っているようにでっち上げられたのかといえば、名前が立派なのでマスコミが釣られたという面もあろうが、検察が岸田内閣の官房長官経済産業大臣が逮捕されるかもしれないといううわさを流すことで、これらの政治家を更迭させ、岸田内閣を萎縮させ、また、「不起訴ではあるが巨悪を懲らしめた」という点数稼ぎを世論に対してする狙いがあったのでないかと思う。

 裏金システムはある時期の清話会会長の主導でつくられたのであろう。2006年に会長となった町村信孝衆議院議長のあと、細田博之衆議院議長安倍晋三元首相が会長をつとめていたが、この三人はいずれも故人である。

 まして、安倍元首相については、もともと派閥の幹部だったこともなく、2012年に復活した自民党総裁選挙では、清和会は会長だった町村信孝氏を推していたほどである。安倍元首相は、2021年に派閥会長になって初めて閥務にかかわった。

 そして、安倍元首相はこのような裏金システムを知ってただちに止めるように指示したともされているのだから、批判されるべき対象ではあるまい。

 清和会の会長は、町村信孝氏の前は、森喜朗元首相と小泉純一郎元首相である。当然、この二人に話を聞くべきなのである。マスメディアはなぜ、清和会一強体制を築いた小泉元首相の責任を追及しないのか不思議だ。ただ、小泉元首相は自分の政治資金のことすら家族に任せきりなくらいだから、清和会の資金にも精通してなかっただろうと、政界関係者もマスコミも妙に納得している。

 いずれにせよ、小泉元首相の責任も追及してもいいはずなのだが、多くの人は森元首相こそがキーパーソンだと思っている。裏金システムは、それ以前の三塚派の時代からもあったかもしれないが、森元首相が会長のときに拡大したと証言する人が多いようだ。

 安倍元首相の死後、清和会が集団指導体制となり、森元首相を闇将軍化したことが、さまざまな問題で清和会と自民党が思い切った対処ができなかったことの原因だ。事務総長経験者に加えて、それ以上に森元首相に近いと言われる萩生田光一・前政調会長世耕弘成参院幹事長など安倍派五人衆の誰かが血祭りに上げられるのを避けたいという温かい気持ちだったのかもしれないが、これでは、全員がダメージを受けて再起不能になる。そういう気持ちはとくに若い議員に多い。

 もし森元首相が裏金システムを拡大したのであれば、ここは本人が「良かれかしと思ってしたが申し訳なかった」と、裏金の仕組みについて自分の責任を認めるしかなかろう。

● 森元首相についての もう一つの問題

 森元首相については、もうひとつ、頭の痛い問題が生じている。この裏金事件の前に、東京五輪パラリンピック汚職事件でも、森元首相は黒幕と言われながらも乗り切った。しかし、受託収賄罪に問われ公判中の大会組織委員会元理事・高橋治之被告が、1月31日に東京地裁で行われた公判で「森元首相を証人として法廷に」と要求したのである。

 大会スポンサー企業などから約2億円の賄賂を受け取ったとされる高橋氏は、取り調べに対して口が堅く、それが政治家などを助けたといわれていた。だが、検察の事情聴取の際、自分だけに責任を押しつける証言をした森元首相らに我慢できなくなったのだろうか。

 初公判で検事側は、高橋被告は組織委会長だった森元首相からマーケティング担当理事としてスポンサー集めなどを任されており、組織委に公式スポンサーとするように働きかける権限があったと主張。

 これに対して弁護側は、高橋被告にはスポンサー企業を募るなどの具体的な職務権限はなく、提供された資金は民間同士の取引の対価だと主張した。

 高橋被告は「森さんからマーケティング担当理事と言われたことはない」「招致活動には、渡航費などの経費がかかるが、予算はないというので、1社2億1000万円の協賛金を集めるパッケージを作り、30%は僕の招致活動費に使うという契約を交わし、自分の会社に振り込んでもらった」などと反論している。

 高橋被告の言い分がどこまで本当かは分からないが、同被告には森元首相と直接対決することを望む理由があるようにも見受けられる。  もし、検察と森元首相との間で非公式な司法取引があったとしたら、検察も責任を問われるべきだろう。

● 裏金問題でけじめをつけることが 政治家としての評価につながる

 森元首相については、これまで述べたような問題はあるものの、私は政治家としては、それほど悪い評価をしていない。

 森元首相は典型的な体育会系の人物だ。日本では、スポーツができると、大学にも優先して入れるし、一流企業も採用してくれる。そんな体育会的政治家のチャンピオンが森喜朗である。

 大リーグで活躍した松井秀喜氏と同じ石川県根上町(現能美市)出身で、祖父と父は長く町長を務めた。ラグビー選手としての実績をもって早稲田大学に入り、卒業後は代議士秘書を経て代議士になった。

 お座敷での宴会を明るくする陽気なキャラクターだと安倍晋太郎元外相にかわいがられ、清和会の中堅幹部となるとともに、文教族議員として活躍した。文部大臣時代、学校を訪問したときには、子供たちからなかなかの人気だった。

 雑駁(ざっぱく)すぎる政策論と意外に慎重なことから「サメの頭とノミの心臓」などと揶揄されることもあったが、会う人には好感を与え、ガス抜きするのが上手なのである。  有名なのは、2005年、小泉純一郎首相(当時)が、「郵政民営化の法案が通らなければ衆議院を解散する」とまで固執していたとき、森元首相はそれを軟化させるために説得に行ったときのことだ。

 会談後、森元首相は「前首相であり先輩の自分が行っても小泉首相は考えを変えない。缶ビールとこんな干からびたチーズしか出さなかった」といって、小泉首相は誰が何を言っても妥協しないだろうという流れをつくった(さらに「干からびたチーズ」が、実は高級な「ミモレットチーズ」だったというオチまでついていた)。

 いわば「天才的なフィクサー」なのであって、いささか不明朗な人物で毀誉褒貶(きよほうへん)は激しいが、正攻法では片付かない問題を解決するのに役に立つ人物だ。  また、独特のバランス感覚を国内だけでなく外交でも発揮し、ロシアや北朝鮮との交渉でもなかなかの成果を上げた。

 *余談だが、私は『坂本龍馬の「私の履歴書」』や『日本の総理大臣大全』で、坂本龍馬の実像は森元首相のようなタイプだと指摘した。巨漢の地方の金持ちの息子で、愛国者で、江戸で剣術修行をして、有力政治家である勝海舟の秘書になってチャンスをつかみ、学問は好きでないが陽性の周旋名人として薩長盟約を実現した。亀山社中海援隊も政治資金づくりのための組織だった

。  その場にいる聴衆の雰囲気をとらえユーモアあふれ楽しい話を聞かせる話術の持ち主だが、それを活字にしたり、録画したりすると、とんでもない誤解を与えるようなことがある。

 首相になって「日本は天皇を中心とした神の国」とか、無党派層の人について「そのまま(選挙に)関心がないといって寝てしまってくれれば」といった発言がスキャンダル化した。

えひめ丸」事故のときには、ゴルフを中断せず、ひんしゅくを買った。自民党の一部が野党の不信任案に欠席などした「加藤の乱」はなんとかしのいだものの、1年しか政権は持たなかった。

 しかし、政策的には、小渕内閣のものをそのまま引き継ぎつつ、IT国家を目指す姿勢を明確化したことと、やや財政再建色を強くしたのが特色だったが、おおむね妥当なものだった。小渕・森内閣経済企画庁長官を務めた堺屋太一氏はかつて私に対し「いくら考えても森さんがダメな総理だと世論が言うのが理解できない」と嘆いていた。

 以上のように、私は森元首相が悪い首相だったとか、功績がないとか、消えてほしいとか思っているわけではない。

 ただ、自民党のもっている古い体質、族議員の不明朗な利権構造への関与、義理人情とか血縁関係で動く前時代的な政治論理といったものからの脱却は喫緊の課題だ。そして、清和会で大規模な不法な経理処理をした責任は、森元首相に説明してもらわねば、誰が何をやったところで収まらないと思う。

 こうした大スキャンダルがあった場合、誰かが目に見えるかたちで腹を切るしかないのが日本社会だ。そして、今回の場合、森元首相を除けば、清和会を代表して責任を取ることができる人はいない。

 また、そういう形でけじめをつけてこそ、森元首相の良い面や功績が将来において評価されることにつながっていくように思うが、どうであろうか。  (評論家 八幡和郎)

八幡和郎

 

 

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