自民党派閥の裏金事件をめぐり、衆議院・政治倫理審査会が15年ぶりに開かれた。裏金事件はこれからどうなるのか。ジャーナリストの鮫島浩さんは「政倫審は偽証罪に問われないので、安倍派幹部の答弁は信用できない。ウソが許されない証人喚問を実施できなかったことから、真相解明が進む可能性はほぼ消滅した」という――。
■安倍派幹部たちの答弁は食い違いばかり
自民党の裏金事件をめぐり、疑惑を抱かれた政治家が自ら釈明する場である衆院の政治倫理審査会(政倫審)が15年ぶりに開かれた。岸田文雄首相が誰からも求められていないのに名乗り出て、歴代首相として初めて出席したことで注目を集めたが、岸田首相が安倍派の裏金作りの経緯を知る由もなく、予算委員会と同じように表面をなぞる答弁を繰り返すだけだった。肝心の安倍派幹部たちの答弁は食い違い、疑惑は深まるばかりだ。
特に焦点となったのは、安倍晋三元首相が派閥会長として復帰した後、2022年4月に政治資金パーティー券の販売ノルマ超過分について長年続いてきたキックバックの廃止を提案した後の経緯だった。事務総長だった西村康稔氏ら幹部が協議して一度はキックバック廃止を決定し、派閥所属議員に通知したものの、安倍氏が同年7月の銃撃事件で急逝した後、キックバックは一転して継続されたのだ。
西村氏ら安倍派幹部は裏金づくりには一切関与していないと繰り返し、会計責任者の元事務局長とすでに他界している派閥会長(安倍氏や細田博之前衆院議長ら)に全責任を転嫁してきたが、実は西村氏らが深く関与していたことを疑わせる重大な事象である。
■誰が、いつキックバックを継続したのか不明のまま
西村氏は政倫審で、同年8月に塩谷立、下村博文、世耕弘成の派閥幹部3人とキックバック継続について協議したことを認めたものの、その場では結論に至らなかったと証言。自らは同月の内閣改造で経産相として入閣して事務総長を外れ、その後の経緯は承知していないと弁明した。
これに対し、西村氏から事務総長を受け継いだ高木毅氏は、自身は8月の幹部協議に参加しておらず、同年11月になって事務局からキックバック継続の話を初めて聞いたと証言。「執行部的な方々で決めて、そのうちそういった皆様方で元に戻したというように思っている」とあいまいな説明を繰り返した。
座長だった塩谷氏も8月の幹部協議について「当時は(キックバックが廃止されると)困る人がたくさんいるから継続でしょうがないかなという、そのぐらいの話し合いの中で継続になったと理解している」と、煮え切らない説明に終始した。
安倍氏の提案を受けて一度は幹部協議で正式決定したキックバックの廃止を、派閥職員である事務局長の一存で覆すことはあり得ない。西村、高木、塩谷3氏が真実を隠しているか、誰かがウソをついているという疑念が膨らむものの、キックバック継続が誰の責任でいつ決定したのかは依然として闇の中だ。
■真相解明が進む可能性はほぼ消滅した
ウソをついたら偽証罪に問われる証人喚問に彼らを引っ張り出さない限り、真相究明は難しいことを改めて印象付ける結果に終わったのである。
ところが、自民党は完全公開の政倫審開催で一定の説明責任は果たされたとして幕引きを図る構えだ。
自民党は政倫審翌日の3月2日に衆院の予算委員会と本会議で新年度予算案を可決して参院へ送付することに成功し、年度内成立を確実にした。これによって参院の予算審議で裏金疑惑の真相解明が進む可能性はほぼ消滅したといっていい。
そのカラクリを説明しよう。
国会審議や採決の日程は、与党第1党である自民党の国会対策委員長(浜田靖一氏)と野党第1党である立憲民主党の国対委員長(安住淳氏)の密室協議で決まっていく。最後は数の力で勝る自民党が審議日程を一方的に決定できるものの、あまり強引に押し切ると世論の批判を浴びるため、立憲の意向をできる限り受け入れながら与野党合意で穏便に進めていくのが通例だ。立憲は数の力では劣るため、世論を味方につけながら自民党に譲歩を迫っていくほかない。そもそも与野党の国対協議は野党が圧倒的に不利なのである。
■国会日程を密室で決める国対政治
だが、自民党の裏金事件に世論の怒りが沸騰し、今国会は立憲が自民党を攻め立てることができる千載一遇の好機のなかで開幕した。新年度予算案を審議する衆院予算委は毎年、野党が疑惑を追及する「国会の花形」と呼ばれる。今国会では裏金疑惑追及の主戦場となった。
予算案は憲法の規定により、衆院で可決し参院に送付された後、30日で自然成立する。3月2日までに衆院を通過して参院に送付すれば、参院で可決に至らなくても3月31日までに成立することになり「年度内成立」が確実になる。
予算案が年度内に成立しない場合、行政執行を止めないように暫定予算をつくって国会で承認を得る必要がある。この事態を避けるため、与党国対は3月2日までの衆院通過を最重要課題として野党国対と水面下で日程協議を進める。野党国対は引き換え条件として「首相出席の集中審議」や「疑惑をめぐる証人喚問」などを求めていく。
これがいわゆる「国対政治」だ。 国対政治はすべて水面化で繰り広げられるため、何と何が裏取引されたのかという全貌は見えてこない。このため、与野党の国対委員長がそれぞれ自らの党内基盤を強化するために協力しあったり、使途を明らかにする必要のない官房機密費が投入されて「カネによる解決」が図られたりするという疑念がこれまでも指摘されてきた。まさにブラックボックスの世界なのだ。
■自民党の狙いは「証人喚問の阻止」
自民と立憲の国対委員長は強大な権限を握り、それぞれの党首の意向や党内情勢、世論の動向などさまざまな観点を考慮しながら、国会日程を相談していくのである。
年度内成立が確実になれば、自民国対は参院審議で野党に譲歩する必要がなくなる。野党国対が裏金議員の証人喚問を激しく求めて審議日程で抵抗しても、受け流しておけば3月31日までに予算案は自然成立するからだ。野党は参院で日程闘争しても意味がないため、与党の要求通りに審議日程を受け入れ、そのレールに乗って質疑していくほかない。
予算案の「年度内成立」の確定は、参院予算審議での疑惑追及を無力化するといっていい。だから自民党は3月2日までの衆院通過に躍起になるのである。3月3日に衆院通過が1日ずれ込むだけで、与野党国対の力関係は激変するのだ。
自民国対が裏金疑惑が最大の焦点となる今国会で最終防衛ラインに据えたのは、証人喚問の阻止だった。ウソをつけば偽証罪に問われる証人喚問に裏金議員が次々に引っ張り出され、野党から吊し上げられる様子がテレビを通じて広く報道されれば、裏金議員たちの政治生命が終わるだけではなく、裏金疑惑は際限なく広がって自民党のダメージは計り知れない。
■野党もマスコミも自民党に乗せられた
証人喚問を避けるための装置が政倫審である。疑惑を抱かれた政治家が自ら釈明する場として設置され、原則は非公開で、出席に強制力はなく、ウソをついても罰せられない。証人喚問に比べて受け入れやすく、ダメージも少ないのだ。
衆院の予算審議が大詰めを迎えた時点で政倫審開催に応じ、それと引き換えに野党に3月2日までの予算案の衆院採決を受け入れさせる――それが自民国対が当初から描いた筋書きだった。
政倫審を最大の見せ場としてショーアップし、政倫審開催を山場として裏金疑惑を収束させていく。そのためには最初から簡単に政倫審開催を認めるわけにいかない。予算審議が始まる当初は開催自体を渋り、次に出席者の数を限定し、最後に完全公開に抵抗する。そのような形で徐々に譲歩していき、衆院採決目前の大詰め段階でようやく「政倫審の完全公開での実施」を容認して、その代わりに「3月2日までの予算案の衆院通過」を立憲にのませるシナリオを着実に進めてきた。
政倫審開催を最大の焦点に据えることで、証人喚問をめぐる与野党の攻防に関心が高まらないようにする世論誘導策に、野党もマスコミも乗せられてしまった感は否めない。
■政倫審は完全公開になったけど…
自民国対にとって想定外の出来事は、岸田首相が途中でしゃしゃり出てきて、野党が要求もしていないのに首相自身が完全公開の政倫審に出席する意向を表明したことだった。
岸田首相は自らが率先して動くことで、完全公開での政倫審出席を渋る安倍派幹部らに翻意を迫り、世論の喝采を得ようとしたわけだが、自民国対にとっては迷惑な話だった。もとより立憲国対とは「完全公開」という落としどころは決まっていたからだ。立憲国対に花を持たせるはずの譲歩案を岸田首相に横取りされてしまったのである。
この想定外の事態を受けて、自民国対と立憲国対がどのような密室協議を行ったのかは明らかになっていない。だが、双方は、①2月29日と3月1日に完全公開で政倫審を実施する、②3月1日に立憲は小野寺五典・衆院予算委員長の解任決議案と鈴木俊一財務相の不信任決議案を提出し、本会議場で長時間演説を行って深夜国会に持ち込み、徹底抗戦をアピールする、③3月2日の土曜日に異例のかたちで衆院の予算委員会と本会議を開催して予算案を採決し、同日のうちに参院へ送付する――というシナリオで合意したのだった。
■自民国対の完全勝利
この合意は自民国対の完全勝利といっていい。予算案を3月2日までに参院に送付して年度内成立を確定させ、参院予算審議での裏金追及を無力化し、今後の証人喚問要求を突っぱねる環境が整ったからだ。「証人喚問阻止」という最終防衛ラインを守り切ったのである。衆院採決目前の政倫審で裏金疑惑の幕引きを図る筋書き通りの決着といえる。
これに対し、立憲国対はいったい何を目指してきたのか、国会日程闘争の目的がはっきりしない決着となった。3月1日に解任決議案や不信任決議案を乱発し、長時間演説までして審議を引き延ばしたのは、予算案の衆院通過・参院送付を3月3日以降に先送りし、参院審議で「予算案の年度内成立」を人質に取って、裏金議員を証人喚問に引っ張り出すためではなかったのか。
3月2日の衆院通過・参院送付を容認してしまったら、深夜国会に持ち込む審議引き延ばしに実質的な意味はない。単に「立憲民主党は最後まで抵抗しました」という世論向けのアリバイづくりだったと批判されても仕方がない。日程闘争を仕掛けるのなら、3月2日の衆院通過・参院送付を体を張ってでも阻止しなければならなかったのだ。
■切れ味を欠いた野党議員の追及
立憲国対は3月2日の衆院通過にあわせて、自民国対と①参院で予算が成立した後、衆参両院で予算委の集中審議を行う、②政治とカネの問題について参考人招致などの協議を継続するとともに、政倫審で申し出のある議員の弁明および質疑を行う、③4月以降、衆院に「政治改革特別委員会」を設置する――などで合意したが、これでは裏金議員の証人喚問は実現しそうにない。
自民国対が「証人喚問の阻止」という最終防衛ラインを明確に定めて今国会に臨んだのに対し、立憲国対は予算審議を人質に取ってでも「証人喚問の実施」を勝ち取り、裏金疑惑の真相解明を目指す決意がそもそもなかったとしか思えないのである。正念場の裏金国会で、立憲が「批判より提案」を掲げてきたことのツケが回ってきた格好だ。
さらに背景事情として、安住国対委員長をはじめ、立憲の党運営を牛耳る野田佳彦元首相や岡田克也幹事長が、民主党政権時代に消費税増税を推し進めた「大物財務族」である点は見逃せない。
財務省は国会での予算審議を円滑に進めて年度内成立を確実にするため、与野党の国対委員長と密接な関係を築いている。予算配分権と国会対策こそ、財務省の政治力の源泉だ。とりわけ岡田幹事長や安住国対委員長が主導権を握る今の立憲民主党は、財務省と緊密である。立憲はそもそも予算案の年度内成立を阻み、財務省が嫌がる暫定予算の編成に追い込むつもりがなかったとみて間違いない。
■岸田政権が続き、政治不信は高まるだけ
しかし、財務省を敵に回して予算を人質にとらない限り、数の力で劣る国会運営で自民党を圧倒し、証人喚問を勝ち取ることなど、土台無理なのだ。
立憲が「やってる感」をアピールするだけに終わった土壇場での審議引き延ばしに、日本維新の会や国民民主党は冷淡だった。維新は予算委員長の解任決議案と財務相の不信任決議案に反対して与党に同調し、国民も財務相の不信任決議案で反対に回った。 立憲が国会日程闘争を徹底して疑惑追及を推し進めることを放棄し、パフォーマンス優先のアリバイづくりに転じた結果、野党の足並みは乱れ、裏金疑惑をめぐる今後の国会での野党共闘に暗雲が垂れ込めたのである。
以上考察したとおり、参院予算審議での裏金疑惑追及にはさほど期待できない。衆院予算審議では政権与党が防戦一方だったが、3月2日の衆院通過・参院送付で年度内成立が確実になったことで、与野党攻防の潮目が変わる可能性がある。 疑惑追及に手こずる野党に対して世論が苛立ちを募らせれば、自民党の支持率は回復しなくても、野党の支持率も低迷し、どっちもどっちという空気が漂う展開は十分にあり得る。
そのなかで岸田首相が9月の自民党総裁選で再選を果たすことを目指して、4月に先手を打って電撃的に衆院解散・総選挙を仕掛ける可能性も十分にあり得るだろう。裏金国会はこれまでのところ、自民党の防御が優っている。
---------- 鮫島 浩(さめじま・ひろし) ジャーナリスト 1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。 ----------
ジャーナリスト 鮫島 浩
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