能登地震と万博/復旧の足かせなら開幕延期を(2024年3月1日『神戸新聞』-「社説」)

万博工事は佳境に(2023年12月)

 

 犠牲者が240人を超えた能登半島地震は、元日の発生からきょうで2カ月となる。

 発災直後は半島内の道路が寸断され、被災者救護や輸送路の確保が難航した。今も1万人以上が避難先で暮らし、水道の復旧や仮設住宅の建設が急がれる。長引いた緊急対応から、生活基盤の再建を本格化させる局面に移ったと言える。

 被災地やその周辺にとどまらず、各地から大量の人員や資材を送り込む必要がある。29年前の阪神・淡路大震災では全国から応援部隊が投入された。

 だが今回は懸念要因が横たわる。2025年4月に大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)で開幕する大阪・関西万博だ。

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 万博の準備は計画よりも遅れ、各国のパビリオン建設はこれからヤマ場を迎える。さらに、今年後半にも同じ島内で統合型リゾート施設「大阪IR」の工事が始まる。

 被災地の住宅建設や公共施設の復旧工事と時期が重なる。万博が影響しないかと国民が心配するのはうなずける。1月の共同通信世論調査では、万博の開幕延期や規模縮小を求める回答が全体の半数を上回った。中止を含めれば7割を超す。

 復旧・復興の足かせとなる可能性が生じれば、政府は万博の開幕延期をちゅうちょしてはならない。

■人手も資材も足りず

 地震発生前から、建設業界は厳しい状況に立たされている。

 就業者数は1997年から四半世紀で3割減った。一方、新型コロナウイルス禍の収束による経済活動の再開で足元の建設投資は増加する。

 国土交通省によると、建築や土木の現場で働く技術者のうち週休2日相当の休みを取れているのは2割に満たない。今年4月から建設業の残業規制が強化され、人手不足が深刻さを増すのは明らかだ。

 資材も足りていない。日本建設業連合会が2月末に示したデータでは、ガラスや高圧ケーブル、一部のセメントなど30以上の品目が不足し、工期に影響を及ぼす例も出ている。公共工事の完成遅れも全国で相次いでいる。

 岸田文雄首相は「(能登の復旧・復興に)支障が生じるとの情報に接していない」と万博の延期には否定的だが、これから復旧が始まる段階での判断は早計だろう。

 政府が支援する半導体工場の建設や各地の大型再開発事業も、人や資材の需給を逼迫(ひっぱく)させている。万博だけを延期しても、どの程度の効果をもたらすかは未知数ではある。

 しかし復旧・復興が滞る一方で、華やかな祭典を国や自治体が主導する展開になれば、国民の反発は免れないことを政府や大阪府・市は認識しておくべきだ。

■膨らみ続ける事業費

 万博への厳しい世論の背景には、膨らみ続ける事業費がある。

 会場整備費は最大2350億円と当初見込みから1・9倍となった。国負担は1647億円に上る。閉幕後の活用が未定の木造巨大屋根「リング」に350億円を費やす。

 日本国際博覧会協会は人件費や資材費の高騰を要因に挙げるが、同じ環境下でも民間事業の工事費はこれほど跳ね上がってはいない。政府が巨額の財政赤字を抱え、国民の実質賃金が下がり続ける中、国家イベントを免罪符とするようなどんぶり勘定に、批判が高まるのは当然だ。

 政府は早急に能登の復旧・復興の工程表を取りまとめ、必要な人員や資材が調達できるかをきちんと見積もらねばならない。万博関連の工事も、能登への影響の有無や、無駄がないかを精査する必要がある。

 首相は今国会で、万博の成功に向け「オールジャパンで着実に準備を進める」と答弁した。ただ、万博は一過性のイベントに過ぎない。戦災復興や高度経済成長を成し遂げたことをアピールした1970年の前回開催とは、時代背景も社会状況も大きく異なる。

 いま、オールジャパンで取り組むべきは、被災地に一刻も早く暮らしの基盤を取り戻すことではないか。