コウノトリ県内定着 社会的共通資本と考えて(2024年2月29日『福井新聞』-「論説」)

産卵し本格的な抱卵に入ったとみられるコウノトリの雄(左)と雌=2日、若狭町鳥羽地区(県・同町提供)


 国の特別天然記念物コウノトリ福井県内での繁殖、野生復帰を議論してきた県コウノトリ定着推進会議が2月、2011年から続いた飼育・繁殖事業について「定着、繁殖や自然活動の推進という当初の目的は一定程度達成された」と総括した。今後も野生生物と社会との関係において継続して考える課題は少なくないが、一定の成果をきっかけとして福井県が取り戻した「コウノトリとともにある社会」の意義を改めて見つめたい。

 定着推進の第1ステージは、県内での放鳥を目標とした。兵庫県豊岡市の県立コウノトリの郷公園から越前市白山地区につがいを受け入れ、地元でかえったひなを15年10月に初めて県内から自然界に放った。

 放鳥に成功すると、次の課題は、放った個体が地域に定着するか、繁殖につながるかという段階に移行した。これは、本当の意味で県内の自然の豊かさが試された。生態系の頂点に立つコウノトリを生態系ごと再生するため、地元の農家は、水田に魚や両生類が生息できる環境を整備した。里山保全や冬場の水田の水張り推進など自治体も取り組みを支援した。

 それは、先人が連綿とつないできた自然との関係性を再認識し、その付き合い方の技術や概念を継承していく挑戦でもあった。

 10年を超える取り組みの結果、県内繁殖地は嶺北、嶺南の4市町に拡大した。

 経済学者の宇沢弘文氏が提唱した「社会的共通資本」という概念が近年、注目されている。宇沢氏は著書で、農村を「日本社会の基礎的な部分」とし「自然とのふれあいを通じた人間形成、水田や森林の環境保全機能などは社会の安定性を支える重要な要素」と説く。さらには、こうした機能を生かすため、農村の価値について、農業だけでなく自然環境、農村文化含め総体的に捉える必要性を強調した。

 コウノトリは水田や河川でえさをついばみ、松の木に営巣する。里山と呼ばれる地域全体が健全に保たれていなければ生息できない。コウノトリの県内での野生復帰を通して私たちが取り戻したものは、人間らしい社会に不可欠の社会的共通資本と考えられよう。

 推進会議はコウノトリの定着の達成に「一定程度」と付け加えている。経済成長と効率性を優先してきた社会に身を置く私たちが自然と開発のバランス、その健全性を認識することは難しい。だからこそ、かつて地域に存在していた生き物は健全性の指標になり得る。里山を中心としたエリアは、コウノトリが生存するほどには健全性を取り戻したのだ。今後さらに未来の福井のため、県内の海や森、河川の生き物たちにも目を向けたい。