「そうか、もう君はいないのか」(2024年2月24日『佐賀新聞』-「有明抄」)

 作家の城山三郎さん(1927~2007年)は経済小説という新しい分野を切り開いた。政治家や官僚を描いた作品など、骨太の伝記や歴史小説も数多く残している

◆きょう2月24日は城山さんの妻容子さんの命日である。2000年、68歳で亡くなった。本人ではなく、妻を取り上げるのは奇異に思われるかもしれないが、城山さんが最後に書きつづっていたのは先立った妻との記録だった

◆城山さんは妻を亡くした後の生活に慣れなかった。〈ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする〉。出版された手記のタイトルは『そうか、もう君はいないのか』(新潮文庫)。このひと言に寂寥(せきりょう)感、喪失感が凝縮している

◆特攻隊の作品を考えていた城山さんは、妻の死によって構想を変えたという。死んだ人だけでなく、残された人も悲しみや喪失感にさいなまれるのではないか。〈理不尽な死であればあるほど、遺族の悲しみは消えないし、後遺症も残る〉。その思いを込めて『指揮官たちの特攻』を書き上げた

◆ロシアによるウクライナ侵攻はきょうで2年になる。多くの兵士、市民が犠牲になり、残された家族は喪失感を抱えて生きている。「そうか、もう君はいないのか」。深い嘆息が聞こえてくるようである。(知)