清新さのない候補たち
岸田文雄政権の支持率が低迷、国会での裏ガネ疑惑追及は止まず、派閥解消で自民党が液状化するなか、「次の総理」がさまざまな形で取り沙汰されている。
【写真】小池百合子「虚飾の履歴」を50年間秘めていた「カイロ時代の同居人」の告発
当面、9月に行なわれる総裁選に誰が出馬して「ポスト岸田」に挑むのかに関心が集まっており、国民的な人気度が高い石破茂元幹事長、小泉進次郎元環境相、手堅く実務をこなす河野太郎デジタル相の名が上がっている。2021年の前回総裁選で結束した「小石河連合」だ。
「政策集団」という形で麻生派とともに派閥を維持した茂木派(平成研究会)の茂木敏充幹事長は、麻生派(志公会)の領袖、麻生太郎副総裁の支援を受けて挑むつもりだし、保守系議員に足場を置く高市早苗経済安保相、閣僚を歴任してきた野田聖子元総務相も意欲を滲ませている。
麻生氏が「そんなに美しい方とは言わんけれども」とからかった上川陽子外相は、「どのような声もありがたく受け止める」と軽くいなした。「なぜ抗議しないのか!」という批判もあったが、麻生氏の真意は「この、おばはんやるね」という評価にあり、上川氏も「出馬に意欲があれば応援する」という麻生氏らしい諧謔と受け止めている。
もちろん岸田首相は再選に向けて意欲満々で、岸田派(宏池会)解散に踏み切った背景には、安倍派(清和会)と二階派(志帥会)を道連れに派閥を解消し、他派閥の干渉を受けずに独自色を出して長期政権につなげたいという思惑があった。
だが、麻生、茂木の両氏にしてみれば、岸田氏の「相談なき解散」は手ひどい裏切りで、再選を支援する気分ではない。岸田氏は総裁選前の解散総選挙を思い描いているが、「岸田では戦えない」と求心力は低下している。
かといって「小石河」にも前の総裁選に出馬した高市、野田の両氏にも清新さはなく、麻生発言で急浮上した上川氏にはどこか曖昧さが残る。そんななか「待望論」が「脅威論」とともに浮び上がっているのが小池百合子東京都知事である。
トランプに渡り合える「人間力」
雑誌を中心に小池氏の意欲を伝える記事が多くなり、メディアへの情報発信力が群を抜く高橋洋一嘉悦大教授は「ついにジョーカーが出てきた」と評した。ジョーカーとは安倍晋三元首相が小池氏の「奇抜な強さ」を表わした言葉だ。
岸博幸慶応大学大学院教授は、『別冊! ニューソク通信』というネットメディアで、「小池百合子首相を提案したい」と踏み込んだ。政策を支持しているわけではない。
前提としてあるのは今年11月の米大統領選でトランプ前大統領が共和党の候補となり、勝利を収める可能性が高いこと。既に、「もしトランプが大統領になったら……」という世界の政治経済に与える不安を予想する「もしトラ」は、間違いないものなったという意味で「ほぼトラ」と言われている。
岸氏は「今の自民党総裁候補に、トランプに渡り合えるだけのプレゼン能力、コミュニケーション能力、人間力を持った政治家はいない。政界を見回してもひとりだけ。それが小池さんです」と断言した。
確かに政局を読む力と勝負カンは一級品である。「人間力」には人を引き付けないではおかない肯定的な面と、したたかに生き抜く強さを半ば皮肉る否定的な面があり、双方持つという意味で小池氏の「人間力」は折り紙付きだ。
「仮想敵」をつくり、マスメディアを味方につけて戦って大衆を引き付けるのが小池氏の戦法であり、だから群れずにひとりで東京都知事に上り詰めた。価格と利権と安全に物申して東京五輪と豊洲移転を遅らせたが、終ってしまえば、ことごとく対立した自民党都連と親しくなり、2月1日に5年遅れで開業した豊洲の観光施設「千客万来」では、何事もなかったようにオープニングセレモニーに駆け付け、笑顔でテープカットに参加した。
これがラストチャンス
本人もやる気満々である。2月2日には自民党本部で茂木幹事長、岸田首相と相次いで会談した。7日からは台湾を訪問して蔡英文総統のほか、1月の総統選で当選した頼清徳副総督らとも面会した。自民党訪問は「子育て政策についての意見交換」が理由で、訪台は「(台湾と)さまざまな分野での連携について共有できた」と語った。
確かにそういう話もあったのだろうが、自民党とは4月28日に実施が決まった東京15区の補選での選挙協力が話し合われたハズだし、都知事としての初めての訪台には、外交もこなせる政治家として自分をアピールするという思惑もあったろう。
ただ、小池氏には6月20日告示、7月7日投票という都知事選の“縛り”がある。国政に復帰して自民党と連携するにせよ、自民党に復党して総裁選を戦うにせよ、6月20日までに都知事を継続するか否かの決断を下す必要がある。
北欧の一国に並ぶほどの予算と人員を抱え、名誉欲も権力欲も満たせる都知事の座を捨て、うまくいかなければ陣笠に終りかねない代議士になるのか、と国政復帰を疑問視する声はある。だが、小池氏に近い政治家、官僚、記者は、「小池さんには尽きぬ野望があり、今が女性初の首相となるラストチャンスと自覚している」と口を揃える。
では、そのタイミングはいつなのか。もっとも早いのは、4月28日の補選に自ら立候補することだ。そう予測するメディアもあるのだが、元東京都官僚で「反小池」の言動を問題視されて都の外郭団体理事長をクビになり、現在は『都庁WatchTV』で都庁を監視する澤章氏はこう語る。
「小池さんが出ればあっさり勝つでしょうが、単独で国会に乗り込んでもメリットはない。補選はあくまで前哨戦で、自分の推す候補を当選させて『小池強し』の流れを作って、次にもっと大きな波を起こすつもりでしょう」
その次の波はいつか。
それでも、出る
対立候補が見当らず、東京都で圧倒的人気を誇る現状では、都知事選に出馬すれば366万票を獲得した前回と並ぶ大勝となるのは確実だろう。だが、そうなると「9月の総裁選までの総選挙」が濃厚なだけに、「都知事になったばかりで辞めるのか!」と批判にさらされることが予想される。
だが澤氏は「それでも出ます」と断言する。
「都に実績を残さなかったわけじゃない。自分は都知事2期8年で大きな成果をあげた。それを踏まえて『次はこの国を変えます』と持って行く。そして東京の多くの選挙区に小池チルドレンを立てて国会に乗り込もうとするでしょう。それが総理の座へのラストチャンスになるハズです」
朝日新聞の調査(2月17~18日)で内閣支持率は21%に沈み、「自民党は体質を変えられるか」という質問に81%が「変えられない」と答えた。「女帝」「ジョーカー」の出番が近付いている。
伊藤 博敏(ジャーナリスト)