「子どもがほしくない」と考える20代が増えている。2023年に行われた民間の調査(BIGLOBE「Z世代の意識調査」)によると、18~25歳の約5割が子どもをほしいと思っていないという結果が出た。理由を尋ねると、「お金の問題」以外でもっとも多かったのが、「育てる自信がない」。5割を超えていた(複数回答)。なぜ20代は子どもを育てる自信がないと思っているのだろう。当事者と専門家に聞いた。(取材・文:篠藤ゆり/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「今」と「老後」を考えるだけで精いっぱい
「今の日本では、子どもを確実に幸せにできる保証がない。それなのに産むのは、無責任な気がするんです。親は近くにいないし、たとえば障害を持った子どもを産んだ場合、ちゃんとその子をケアできる環境が今の東京にあるのか。難しいですよね」 そう語る元山渚さん(29歳・仮名)は、20代前半で同棲経験がある。別れた後、27歳まで婚活アプリを利用していたが、今は結婚する気持ちも子どもを持つ気持ちもない。高校卒業後は地方の実家を出て、奨学金を得て大学に進学。現在都内で一人暮らしをし、フルタイムで出社勤務している。奨学金はすでに返済。老後を見据えて、目下マンションを買うためにお金を貯めている。
「日本の経済状況はどんどん悪くなっていますよね。自分のことで精いっぱいなのに、責任を持たなくてはいけない対象が一人増えるのは、正直、厳しい。それに世の中を見ると、あちこちで戦争しているし。もし自分の産んだ子が男の子で、戦争に行かなきゃならなくなったら――想像して、いたたまれなくなります」 高校時代の友人はほぼ結婚しており、家を建てて子どももいる。「自分も故郷で暮らしていたら、友人たちと同じ選択をしたかもしれません」と渚さん。地方から上京してきた場合、経済的なことも含めて、子どもを持つのはハードルが高いと考えている。
昔の長屋みたいな生活なら子育てできるかも
男性で「子どもをほしくない」と考えているのは、非正規雇用などで経済的に余裕がないケースが多い。しかしなかには正規雇用でも、子どもを持つ自信がない男性もいる。 田畑邦夫さん(26歳・仮名)は、夫婦とも同じ大学出身。交際5年目で結婚し、正規雇用でフルタイム出社し、妻はリモートで仕事をしている。
「妻と『子どもはどうしよう』と話すなかで、新しい命を生みだす覚悟も自信も自分にはないと気づきました」 まだ仕事を始めたばかりで、覚えなくてはいけないことも多く、できれば仕事にまい進したい。子どもができた場合、どこまで自分が家事や子育てを担えるかも不安だ。
「仕事や仕事関係者とのつきあいで、帰宅が遅くなることもあります。妻に『子どもができたらどうするの?』と聞かれたので、『早く帰るようにする』と言ったら、『子どもができたら変わるという言葉は信用できない』と。『夕飯、一緒に作ってくれたこと、ないじゃない』と言われて、喧嘩になりかけました」 妻とは交際3年目頃から、セックスレスに。子どもを“計画的に”つくることに対しても、抵抗感がある。
「妻は計画的に子どもをつくり、いい教育を受けさせて、成功してほしいと思っているみたいで。なんとなく居心地悪いんです。それに今は情報も多い分、不安も抱きやすい。たとえば、出生前診断を受けるのか。もし受けるとしたら、障害があると分かったときにどうするのか。自分の倫理観を問われるわけです。かといって、障害があっても育てるんだという気概もない。もし江戸時代の長屋みたいに、みんなが助け合うような社会だったら、こんなに悩まないかもしれません」
2022年人口動態統計によると、合計特殊出生率は1.26。過去最低となった。また、2021年の調査で、18~24歳の未婚男女で「一生、結婚するつもりはない」と回答しているのは男性17.3%、女性14.6%。その人たちは、子どもを持つことも考えていない場合が多いだろう。
増えている「結婚はしたいけど子どもはムリかも」と考える女性
結婚に対しては積極的でも、子どもを希望しない女性も増えている。結婚相談所「結婚物語。」で仲人を務めている豊田さんによると、最近は事前のカウンセリングで、1割近い女性が「子どもを希望していない」あるいは「どちらでもよい」と回答しているという。一方、男性の多くは子どもを希望している。
「今は経済的な理由から、夫婦とも仕事をすることが結婚の前提になっています。女性は、もし相手が家事や育児をしてくれない人の場合、すべて自分にかかってくるという不安がある。 SNSの普及により、まわりと比べて不安になる会員も多いですね。塾にも行かせたい、いい大学にも行かせたいなど、『レベルの高い子に育てなければ』というプレッシャーを感じている人が多いようです。 女性は子どもが病気になった場合にどうするかなど、さまざまなケースをシミュレーションしますが、男性は具体的には考えていません」
2021年の調査によると、男性がパートナーに望むライフコースは「仕事と子育ての両立コース」が急増し、39.4%に。専業主婦コースを望んでいる男性は、わずか6.8%だ。一方、女性の「理想ライフコース」は「仕事と子育ての両立」が1位で34.0%。ただし、女性の「予想ライフコース」では「非婚就業」が1位で33.3%となっており、両立コースは28.2%にとどまっている。 理想は仕事と子育ての両立だが、理想通りにはいかないというのが女性の本音のようだ。そこに、男性と女性の意識の差がある。
母親への抑圧が強い社会が恐ろしい
結婚1年目の安田理奈さん(26歳・仮名)は子どもが好きで、実家に親戚の子どもが来ると、よく遊んであげていた。それでも自分が子どもを持つ自信はないという。
「母親に対する社会からの抑圧が強い。先日もベビーカーで電車に乗ってくるお母さんがいて、誰も車椅子・ベビーカースペースを空けないんです。別の日、子どもが泣いたら舌打ちした男の人がいました。あの空気感が恐ろしい。
『自己責任』という圧力も強い。自分が産んだというだけで、すべての責任を背負わなくてはいけないのは重すぎます。将来、私たち夫婦が歳をとったときに、老々介護になる可能性があります。子どもにも負担をかけることになるのではなど、不安材料が多すぎて。 それに私は小さい頃から『いい子でいなきゃ』と自分に言い聞かせてきたので、けっこう苦しかったんです。子どもを産んだら、自分がしてきたように、家族にとっても世間にとっても『いい子』であることを強要してしまいそうで怖いです」
ジェンダー不平等な家庭環境の影響
自分が育った家庭でのジェンダー不平等も、理奈さんの結婚観に影響を与えている。父親は仕事で深夜に帰宅することも多く、母親は家事、子育て、法事の料理、姑のケアなどを抱え込み、ストレスから鬱々とすることも多かった。 また理奈さんは痴漢に遭った経験もあり、防犯にも神経をとがらせている。女の子を産んだら、女性ならではの重荷を背負わせることになり、申し訳ないという気持ちを抱きそうだ。 「夫にそういう話をすると、『世の中には痴漢もいるし、男女差別も確かにあるけれど、そのせいで私の選択肢が狭まるのはもったいない』と言います。女として生きたことがないから、やっぱり理解してもらえないのかもしれません」 医療ソーシャルワーカーの鏑木美穂さん(26歳・仮名)は、高校2年の時に両親が離婚し、寂しい思いをしてきたので、早くパートナーを見つけて自分の家族を持ちたいという思いから24歳で婚活を始めた。ただし、子どもを持つことには積極的になれない。 「父親の悪口を言い、私に対して否定的なことを言う母に対して、反発していました。もし子どもを産んだら、連鎖して母と同じことをしてしまうのではないかと不安です」 家庭内で抑圧され、不満をためていた母親の姿が、結婚観に影響を与えているという。
キャリアの構築において子どもはリスク?
川村琴実さん(28歳・仮名)は、1年前から結婚相談所で婚活をしている。相談所に登録したのは、より堅実な相手を求めているからだ。ただし今のところ、子どもはほしくないと考えている。現在、製造業の会社の人事部門で働いていることもあり、女性にとって出産・子育てがキャリア形成の足かせになるという実感があるからだ。 「人事の立場としては、中途採用する場合、入社直後に産休・育休を取ったり子どものために早く帰ったりする可能性があるかどうか、やはり念頭におかざるをえません。前の部署で、育休を取った人がいて。人手不足なので負担が増えて、本当に大変でした」 育休を取った女性が復帰後、育児による労働時間の制約で従来のパフォーマンスが発揮できず、補佐的な仕事に回されたり、昇進が遅れたりする現実も見ている。確実にキャリアを積んでいきたい琴実さんは、子どもは仕事を続ける上でリスクになると考えている。 ただ何人かとお見合いをするなかで、少しずつ気持ちが変化してきた。
「育休を長く取りたくないし、仕事をセーブしたくない。そこを理解して、家事や子育てをイーブンに分担する意識がある人であれば、前向きに考えられるかもしれません」
ロールモデルがないのが問題
福祉社会学が専門で、自身の子育ての経験をエッセイで発表している竹端寛さん(兵庫県立大学環境人間学部准教授)は、ロールモデルがないことも子どもを持つことを躊躇する原因になっているという。
「 「会社の先輩女性が、仕事と家事・育児で疲弊している様子を見たら、女性は怖気づきますよね。夫が1週間や2週間だけ育休を取って『イクメン』みたいな顔をされても、『いやいや、これからずっと大変なのに』と思うはずです」
なぜ女性ばかりに家事・育児の負担がかかるのか。ひとつには、まだ男性中心的な家事分担システムが残っているからだ。いまや夫婦ともに働くのが当たり前。それなのに、妻が家事労働にかけている時間が圧倒的に夫より長い。
「昭和型」の働き方を変える必要がある
日本の企業がいまだに「昭和型」であることも、共働き家庭の子育てを困難にしている。
「業務の徹底的な効率化をせず、長時間労働や、休暇が取りにくいなど、昭和的な働き方のまま人件費を削るため人だけを減らしている。すると1人抜けただけで、他の人に負担がかかる。今の若者は過剰なまでに『人に迷惑をかけてはいけない』という意識があるから、男性はとくに、子どもがいるからといって働き方を変えられない。結果的に女性の負担が重くなる。悪循環ですよね。
そういった日本型のシステムを変えて、安心して休みが取れ、他者に頼れる社会にすべきでしょう」 出産・子育てをリスクと感じてしまうのは「自己責任」の問題ではなく、社会構造の問題だ。ただ、最近の若い人は過剰に「自己責任」を感じる傾向にあるため、なかなかそれが社会の問題とは気づかない。それも、子どもを持つことを躊躇する原因のひとつだ。 「子どもはめっちゃかわいいし、毎日新しい発見がある」と語る竹端さん。
「子どもというままならない存在と暮らすことで、自分はそれまで自己責任という概念に縛られ、『昭和型』の働き方をしていたことにも気づいた。 若い男性にアドバイスするとしたら、パートナーの話を、途中で遮ったり中途半端なアドバイスや批判をしたりせずに、最後までじっくり聞くこと。夫婦も他人なので、女性が何に悩み、何を我慢しているか、きちんと話し合うことが大事です」
子どもに優しく」を法制化すべき
『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』の共著がある教育行政学が専門の末冨芳さん(日本大学文理学部教授)は、子育て費用の家族負担が大きすぎると指摘する。政府が子どもや家族への支出を十分に行っていないという構造的な課題を解決しない限り、子どもを育てやすい社会にはならない。 「今の日本社会は、所得が低い若い世代が子どもを持つことが難しく、中間所得層以上の人しか子どもを持てない構造になっている。そこを変える必要があります。また、日本社会全体に『子どもには優しくしなければいけない』という明解なメッセージがないのも問題です。 たとえばドイツでは、『子どもの声は騒音ではない』と法制化されています。日本の地方自治体でも、『笑顔で子どもを見守る条例』などを制定すると、その自治体に住んで子育てしたい人が増えるかもしれない。逆にベビーカーを蹴ったりするのは迷惑行為禁止条例で、迷惑行為に指定されればいい。 職場のハラスメントも、防止法の施行によって、意識の変化が生まれつつあります。やはり法律や条例も、意識の変革を促すために大事です」
子育てのリアルな声が背中を押してくれる
若い人が、実際に子育てをしている人たちのリアルな声を聞く機会が少ないのも心配だという。SNSなどから情報を得ているだけだと、ネガティブな情報に引きずられがちだ。 「若いうちに先輩から、子どものかわいさや、大変な面もあるけど子育ては楽しいといったリアルな声に触れる機会があれば、意識も変わるはず。何か問題が起きたとしても、なにかしら解決方法があります。そういった情報も、もっと表に出てほしいですね」
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「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。
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