次期首相候補には「わきまえる女」でいてほしくない…麻生発言を受け流した上川陽子氏に望むこと(2024年2月18日)

■女性を蔑視する麻生発言は初めてではない

 麻生氏はこれまでにもさまざまな人権を軽んじるような発言で批判されてきた。ナチスヒトラーの賞賛とも取れるトンデモ発言もあったが、特に今回は女性蔑視につながる発言を挙げる。

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「いかにも年寄りが悪いという変なのがいっぱいいるけど、間違っていますよ。子どもを産まなかった方が問題なんだから」(副総理兼財務省時代、2019年2月福岡県芦屋町内の講演で)
「(女性記者は)ネタをもらえるかもって、それでついて行ったんだろう? 触られてもいないんじゃないの?」「次官の番(番記者)をみんな男にすれば解決する話なんだよ」「セクハラ罪という罪はない」(副総理兼財務省時代、2018年4月、5月、当時の財務事務次官のセクハラ問題に関連しての発言)
「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい」(首相時代、2009年8月、学生との対話集会で。若者に結婚資金がないことが少子化に繋がっているのではないかと指摘されて)
「私は43で結婚してちゃんと子どもが2人いましたから、一応最低限の義務は果たしたことになるのかもしれない」(首相時代、2009年5月衆院予算委員会で)
「東京で美濃部革新都政が誕生したのは婦人が美濃部スマイルに投票したのであって、婦人に参政権を与えたのが最大の失敗だった」(1983年高知県議選の応援演説で)
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■なぜキングメーカーとして君臨しているのか

 発言の根底にあるのは、強烈な家父長制に基づく性別役割分業意識、女は子どもを産み家事育児に専念すべきだという意識だ。2009年の学生との対話集会では、男子学生に対しては、「稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」とも語っている。

 こうした発言をするたびに野党やメディアから批判され、発言を撤回し謝罪するということを麻生氏は繰り返してきたが、一向に変わらない。今回も発言から5日後の2月2日に「容姿に言及したことなど表現に不適切な点があったことは否めず、発言を撤回させていただきたい」とのコメントを発表したものの、おそらく何が悪かったのか本質的な過ちを理解しようともしていないし、反省もしていないのだろう。だから、同じような差別発言を繰り返してきた。こういう人に意識変革を求めても、もう無理だし無駄だろう。

 問題はこうした人物をいまだに政界の「キングメーカー」として存続させていることだ。これらの発言は決して飲み屋の放談ではない。いずれも講演会やメディアの取材という公の場でのもので、中には首相時代のものもある。公の場でこうした差別発言を繰り返す人物を政界の最大実力者として君臨させているのは、自民党や麻生氏の支持者、メディアにあるのではないか。

 ■女性の容姿や年齢をネタに笑う人たち

 今回の上川氏に対する発言では、「そんなに美しい方とは言わんけど」の後に聴衆から笑い声が起きている。女性の容姿や年齢は、麻生氏から見れば話のつかみで「ウケる話」の一つ、ぐらいの認識だったのだろう。ウケを狙うために女性をネタにし、貶める。そしてそれを笑う周囲。

 今どの地方自治体も人口減少が深刻だが、その背景には特に若い女性たちの東京圏への流出という問題が存在する。なぜ若い女性たちが地元に残らないのか。自治体としていち早くジェンダーギャップ解消宣言をし、この問題に取り組んできた兵庫県豊岡市では、女性たちの流出の背景には、地域のジェンダー不平等、つまり男尊女卑的な職場環境や風土、慣行があると気づき、改善に取り組んできた。

 この麻生発言と笑う聴衆の様子を見た地元の女性たち、特に若い女性たちはどう思ったのだろうか。

■「麻生節」として許してきたメディアの責任

 そしてもう1つ、麻生氏の発言を長年「麻生節」として許してきた政治メディアの責任も大きいと思う。麻生番をしていた記者から聞いたオフレコ懇談の場での発言の中には海外の首脳に関するものもあったが、漏れたら外交問題になるのでは、というほどの内容だった。だが内容以上にその発言を聞いたときの記者たちの反応が気になった。笑って受け流したのか。誰か1人でもやんわりとでも釘を刺した人はいたのだろうか。

 岸田政権では2023年2月、首相秘書官だった荒井勝喜氏が性的少数者同性婚を巡って差別的な発言をしたことで更迭された。オフレコの場での発言だったが、毎日新聞が「政権の中枢で政策立案に関わる首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題だ」(毎日新聞より)と判断し、あえて実名で報じた。

 書いた記者は「オフレコ破り」だという非難も受けたが、私はこの記者と毎日新聞の判断は当然だと思う。内輪の話だったとしても、政権中枢にいる人物の人権感覚は、政策に大きな影響を与える。麻生氏に対してももっと早くからしつこく、オフレコ発言も含めてメディアが追求していたら、彼はこの地位にいただろうか。

 仮に同様の発言を企業のトップがしたらどうだろう。今の時代、メディアだけでなく投資家、社内からも厳しく指摘され、場合によっては進退にまで発展するだろう。それだけ政界はメディアも含めて人権意識が低いと思う。そしてこのことが、女性たちが政治の世界を目指そうとしない一つの理由にもなっているのではないか。

■「大したもんだぜ」から滲み出る優位性

 麻生氏は容姿や年齢に言及しただけでなく、そもそも上川氏の指名を「カミムラヨウコ」と間違えている。それどころか、過去に川口順子氏、田中真紀子氏と2人の女性外務大臣がいたにもかかわらず、これまで女性の外相はいなかったと事実誤認の発言までしている。

 故意ではないとは思うが、こうした発言は自覚なき差別、マイクロアグレッションの表れだと感じる。マイクロアグレッションとは日本では最近になって広まった概念だが、意図的かどうかにかかわらず、政治的文化的に阻害された集団に対する日常の言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや侮蔑、否定的な態度のことを指す。

 麻生氏が上川氏のことを褒めているつもりでも、名前を間違えたり、女性の外相が過去にいないという事実誤認は、意識の中に「女性には外交は任せられない、外相は務まらない」という仕事における性別による無意識の偏見があるのではないか。それが「大したもんだぜ」「やるねえ」という表現に繋がっている。

 何より「上から目線」度に辟易とした人も多いのではないか。褒めながら、上川氏に対して、圧倒的な自分の優位性を誇示している。時々、男性の上司や経営層の中からも聞く、「女性の割にはよくやっている」という言葉や、女性の抜擢を自分の手柄のように「あいつは俺が引き上げてやった」という言葉と同じニュアンスを感じるのだ。

■上川氏は「ありがたく受け止める」と発言

 この麻生氏の発言に対して、1月30日の記者会見で問われた上川氏は、「さまざまな意見や声があることは承知しているが、どのような声もありがたく受け止めている」と発言した。

 質問をした記者は女性だったが、日本のジェンダーギャップ指数が先進国では最下位、世界的に見ても後進国だということにも言及し、問題意識を持って問うていた。それだけ踏み込んでの質問だったにもかかわらず、上川氏はその問題意識に真正面から答えることなく、「ありがたく受け止める」と応じた。

 さらに2月2日の参院本会議で立憲民主党の田島麻衣子氏から「年齢や容姿を揶揄するような発言になぜ抗議しないのか」と問われると、「世の中にはさまざまな意見や考え方があることは承知をしている」「使命感を持って一意専心、緒方貞子さんのように脇目も振らず、着実に努力を重ねていく考えだ」と答弁。質問に真正面から答えなかったどころか、再答弁は拒んだ。それほど上川氏にとって、「答えにくい」質問だったのだろう。

■「受け流すのが大人」は女性につらすぎる

 こうした上川氏の対応について、「大人の対応だ」と評価する声も多かった。だが、あえて私は上川氏の会見直後、テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」で、「こうした上川氏の『受け流すような』発言は非常に残念だ」とコメントした。

 同じようなことを言われても反論できずにいる一般の女性たちのためにも、大臣、しかも今や首相候補の1人と言われる立場だからこそ、チクリとでも反論してほしかったと。この立場の女性が受け流せば、同じような目に遭っても反論せず、受け流すのが「大人の対応だ」という間違ったメッセージになるとも話した。

 同様の内容をX(旧Twitter)にもポストしたところ、インプレッション(表示回数)は53万以上に上り、8100もの「いいね」がついたが、反論も多かった。「上川さんに失礼だ」というものはさておき、「被害に遭った本人に声を上げろというのは酷だ」「被害に遭った側を責めるのはおかしい」というものが多かった。

 職場で上司からこうした差別的な言動を受けた女性たちに対して、直接上司に抗議するべきだとは、私ももちろん言わないし、声を上げられない事情もよくわかる。だからこそ、企業や職場では通報や相談できる窓口が必要なのである。

 だが、このジェンダー後進国首相候補になるような女性大臣でも声を上げられない、抗議ができない、せめて皮肉の一つでも言えない国とは何なのか。むしろ今声を上げられない多くの女性を失望させることにならないのか。こうした目に遭っても受け流すしかない、受け流さないと望むポストにはつけないという誤ったメッセージを与えることにならないのか。とりわけこれから社会に出ていく若い女性たちに、絶望しか与えないのではないか。

■思い出した「わきまえた女性」発言

 一部報道によると、外相に上川氏を推薦したのは麻生氏だという。自分を引き立てて抜擢してくれた人に対して物を言えないというのは男性でも同様だろう。上川氏も仮にこれが野党の議員からの発言だったら、抗議したかもしれない。だが、女性初の首相候補と名前が挙がる人だからこそ、この問題に真正面から向き合ってくれることを、私たちは期待するのだ。

 今回の件で、2021年2月に起きた森元首相によるいわゆる「森発言」を思い出した。「女性が入っている会議は時間がかかる」という偏見に続き、五輪の組織委員会の女性理事たちはその点「わきまえている」と言った、あの発言だ。

 森発言のあと私は、「丸川珠代氏、山田真貴子氏…『わきまえる女たち』が築き上げた罪の重さ」という記事を書いている。

 そこで私が言いたかったのは、政治家や経営者などリーダー層の女性たちが「わきまえる」ことは自らにとっては保身の一部かもしれないが、社会や他の女性たちに与える影響が非常に大きいということだった。だからこそ「罪深い」と書いた。

■受け流してきた女性の一人としての反省

 「わきまえた」女性たちが存在することで、「あの女性たちはとりたてて問題にしていないじゃないか」と自らの差別的な言動を正当化する男性たちのアリバイにも使われてしまう。圧倒的な男性中心社会ではこうした「受け流す」ことを「わきまえた」女性たちの方が「面倒くさくない」と評価され、重用される傾向がある。だからこそ、日本のジェンダーギャップ、女性たちが置かれている状況はなかなか改善しない。

 実際、自民党杉田水脈衆院議員は麻生氏の発言に関してXで、「言われた本人が何とも思わなかったらハラスメントでも何でもないのでは」とポストしている。彼女のこうした人権を無視した発言には今更驚かないが、こうした発言はハラスメントをする側、女性差別をする側の正当化に利用されてきた。

 そこには私自身の経験もある。今よりも圧倒的に女性が職場で少数派だった時代、そして職場のジェンダー意識も人権意識も希薄だった時代、ハラスメントに遭おうが、見下されようが、下ネタを振られようが、差別発言を受けようが、受け流すしかなかった。いちいち抗議をすれば、「面倒くさい女」と見られ、仲間として見てもらえず仕事を任せられなくなることを恐れていたからだ。

 結果的に、男女雇用機会均等法世代である私たちの世代が声を上げなかったことで、麻生氏のような言動は許され続け、勘違いさせ、温存されてきた。今になってもこうした差別的な振る舞いや発言がなくならないことに対して、私自身「あの時もっと声を上げていれば」という猛烈な反省がある。

ジェンダー平等の女性リーダーになってほしい

 今回私がテレビで話したコメントを受け、同世代の企業幹部の女性からは、「私も過去にこのような発言に多々遭遇してきた中で、『受け流す力』を『アンガーマネージメント』とすり替えて自分を納得させてきた」というメールをもらった。だが、自身がリーダー層となった今、うまく釘を刺すことの重要性を認識し、それができるようになってきたとあった。

 上川氏は「女性・平和・安全保障(WPS)」に力を入れたいと述べている。WPSとは、平和や安全保障の面で、女性の人権を尊重し、ジェンダー平等を進める取り組みだ。麻生発言よりも前に、上川氏がWPSを自身の重要な外交政策に掲げたというニュースを読み、女性が外務大臣に就任する意義を強く感じていただけに、このスルー対応は本当に残念だった。

 現実から言えば、麻生氏の「引き」がなければ上川氏は首相にはなれないのだろう。だが、首相を目指すのであれば、誰のための政治なのか、もう一度考えてほしい。今の女性たちが置かれている状況を少しでも変えることができる立場にいるのだから。

 

---------- 浜田 敬子(はまだ・けいこ) ジャーナリスト 1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。 ----------

男性中心企業の終焉-電子書籍

あらすじ・内容

政府は2003年から、政治家や企業の経営層・管理職など
指導的立場における女性の比率を30%にする
「202030(にーまるにーまるさんまる)」という目標を掲げていたが、
2020年になってもその目標は一向に達成されず、あっさりと達成時期は
2020年代のできるだけ早い時期に」と延期された。

ジェンダーギャップが解消するどころか、
日本企業に根強く残るのはなぜか?
なぜ他国と比較して日本の女性登用はこれほどに進まないのか。
グローバル企業を目指す中で、業界の中での生き残りをかけて、
そしてコロナ禍でのリモートワーク普及の追い風を受けて――
本気で変わり始めた日本型企業。

メルカリ、NTTコミュニケーションズ富士通、丸紅、キリン、城崎温泉豊岡市――。
「失われたジェンダー30年」を取り戻そうとする
奮闘と変化の過程を、自身の取材を交え、豊富な取材で描き出す。