岸田首相も後世の残る仕事を一つはしてもらいたい(2024年2月19日『産経新聞』-「産経抄」

 
建て替えの見通しが立たない国立劇場について、危機感を訴える実演家ら=東京都千代田区の日本記者クラブ

こう暖かい日が続くと今年の花見は、いつどこでしようかと、今から気もそぞろになる。花のお江戸には、靖国神社や千鳥ケ淵という桜の名所があるが、そこからほど近い隼町にもいいところがある。

▼正確には、あったというべきか。昨秋、建て替えのため閉場した国立劇場の前庭である。8種約20本の桜が植えられ、ソメイヨシノとは一味違う艶(あで)やかな競演が見られた。駿河桜から自然交配してできた駿河小町という「劇場生まれ」の桜もある。

▼この桜を今は亡き十二代目市川團十郎が、歌舞伎「一谷嫩軍記」の主役、熊谷直実ゆかりの熊谷市に寄贈した。感激した同市は、返礼として「熊谷桜」を贈り、團十郎自ら前庭にお手植えしたという。そんな名園も「廃虚感が漂い、日本の状況と重なるものがあって悲しい」と古曲の都一中さんは嘆く。

▼建て替えが暗礁に乗り上げているのだ。政府は、何年も前にホテルや商業施設を併設する方針を決めたが、入札は2度も不調に終わり、劇場再開のめどは立っていない。「大変ゆゆしき問題だ」と、都さんや中村時蔵さんをはじめ伝統芸能の第一人者たちが先週、日本記者クラブで会見を開いた。

▼既に公演数が減った芸能も少なくない。「空白期間が大きい恥ずかしさを知ってほしい。文化施策が後に回ってよいのか」という日本舞踊の人間国宝、井上八千代さんの訴えは、重い。

▼そもそも国立劇場にホテルや商業施設を併設しようという根性が卑しい。何百年も続いてきた伝統文化が令和で途絶えたとあっては、末代の恥である。幸い、校倉(あぜくら)造り風の建物は取り壊されていない。それを大規模補修すればいいじゃないか。岸田文雄首相も後世に残る仕事を一つはしてほしい。

 

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国立劇場 入札不調 実演家ら危機感訴え“文化の存続に関わる”(2024年2月16日『NHKニュース』)

国立劇場は老朽化による建て替えのため去年10月末に閉場しましたが、2度にわたり入札の不調などが続き、当初、5年後の2029年秋としていた劇場の再開時期の見通しが立たなくなっています。
これを受けて、歌舞伎や文楽、日本舞踊など伝統芸能の各ジャンルの実演家たち10人が、16日、会見を開き、劇場の空白期間が長引けば文化の存続に関わるとして早期の劇場再開を訴えました。

このうち歌舞伎俳優の中村時蔵さんは、「大変ゆゆしき問題だ」としたうえで、「国立劇場が長く取り組んできた歌舞伎の通し狂言や復活狂言などを再開するためにも、次は入札がうまくいってほしい」と訴えました。

国立劇場を発表の拠点としてきた日本舞踊の西川箕乃助さんは、「今後10年もこの状態が続けば、発表の場をどこに求めればいいのか。舞踊に関連する仕事でもすでに廃業する流れがあり、日本舞踊の危機を感じる」と訴えました。

長唄杵屋勝四郎さんも、「再開までのブランクを考えると、長唄の存続や古典芸能ばなれに危機感を感じる。次世代を育てるためにも早く再開してほしい」と訴えました。

国立劇場再整備本部「費用削減検討 早期に再開図りたい」

国立劇場の建て替えは、劇場の建て替えをメインにホテルやオフィスなどの施設をあわせて建てるという、民間の資金を活用した再整備事業です。
おととし以来2度にわたり再整備事業の工事が入札不調などになった理由として、国立劇場は、このところの建設資材の高騰などが背景にあるとしていて、計画の見直しも含めて費用の削減を検討するとしています。
国立劇場再整備本部は「私どもの要求する水準を見直すことも含めて費用の削減を検討するとともに、建設市場の動向をきめ細かく把握し、早期に再整備事業の再開を図りたい」とコメントしています。