【令和@アップデート】
ぬいぐるみや雑貨を手にした人たちが「かわいい」を連発していた。昨年末、福岡市・天神の「キデイランド福岡パルコ店」。マウスパッドを購入した男性(39)は「職場でブームです」。満杯の買い物かごを持った山口県下関市の花牟礼美紅さん(25)は「キャラに共感する」。
彼らをとりこにしていたのは、丸っこくてやわらかそうな漫画のキャラクター「ちいかわ」。SNSを活用した戦略や時代を捉えた作風で社会現象ともいわれるブームを起こしている。 ちいかわは「なんか小さくてかわいいやつ」の略語。主人公のちいかわが、仲間と笑ったり泣いたり、けなげに生きる日常を描く。2020(令和2)年に作者のナガノさんがX(旧ツイッター)で連載を始めると、個性的なキャラや物語がバズった。翌年単行本を刊行すると、昨年12月末までの累計発行部数は約300万部を記録。22年にはテレビアニメが始まり人気は爆発。衣料品、コンビニ、食品メーカーなど幅広くコラボを展開し、同年の日経トレンディでヒット商品ベスト2位に選ばれた。キデイランド福岡パルコ店の専門ショップ「ちいかわらんど」の売り上げは、昨年12月時点で22年度の2倍を越えたという。「性別に関わらず幅広い年代でファンが増えている印象がある」と麻生洋子店長は語る。
◎人々が欲しているもの
昭和から平成、令和にかけてさまざまな「かわいい」キャラクターが登場してきた。 サンリオは今年誕生50周年を迎えた「ハローキティ」のほか「マイメロディ」などを生み出した。80年代にはソニー・クリエイティブプロダクツの「タマ&フレンズ」が文房具などでブームに。近年は「たれぱんだ」や「リラックマ」など大手メーカーのキャラがあれば、ご当地ゆるキャラまでバラエティーに富む。
「流行キャラは、社会状況や人々が欲しているものを反映する」と京都精華大マンガ学部専任講師でアニメ制作などの会社を運営する陳龑(チンエン)さんは指摘する。
米国風のポップな絵柄で70年代後半から人気を博した原田治さんの「オサムグッズ」はキャラブームの先駆けだ。ミスタードーナツのノベルティグッズにもなり多くの若者を引きつけた。暮らしぶりもよくなった平成にかけての「かわいい」は、憧れや元気の象徴よりも癒やしの要素が強くなっていく。80年代まで鮮やかな原色のデザインが多かったハローキティに、90年代半ば以降淡色のモチーフが増えたのは、バブル経済の興亡に重なる。2000年代以降は、ストレス社会からの逃避を促すような「ゆるさ」を強調するキャラが多いという。
◎「逃れられなかった」
キャラクタービジネスは長く大手企業の牙城で、女性や子どもがターゲットとされることが多かった。しかし10年代にスマートフォンやSNSが普及すると、個人の発信が老若男女にかかわらず支持を得て、人気になる例が出てきた。 熊本市の内科医、田中健太郎さん(38)は3年前、知人のSNS投稿で「ちいかわ」を知ったという。
主人公は管理された世界に住む従順な大衆の1人。草むしりなどで生計を立て、パック寿司(ずし)はささやかなぜいたく。大きな幸運が訪れるどころか、むしろ事件に巻き込まれたりと、恐怖や悲劇が降りかかる。生死や社会の闇、人生のままならなさを巡るドラマが繰り広げられる点は、なんとなく現実世界にも似る。「『かわいそう』で感動したい」という心を見透かされた気がして、最初は距離を置いた。しかしスマホを開けば投稿が目に入ってきて「逃れられなかった」。
「ファンシーの皮をかぶったホラー。かわいいキャラたちが、次はどんな目に遭うのか…」。癒やしとスリルの連続が癖になったと田中さん。今では最新話やアニメもチェックし、動画サイトで主題歌のギター弾き語りを披露するほどのファンとなっている。
◎「理想」もさりげなく
ちいかわブームの背景にビジネス側と消費者それぞれの社会的変化をみるのは、前出の陳さんだ。登場した20年はコロナ禍の始まりと重なった時期。多くの娯楽が遮断されて、いつも以上にSNSが使われるようになった。関心が集中していたツイッターで連載を始めたのに加え、「拡散」していくさまが流行品を求める大衆心理に働きかけて、効果的なメディア戦略になったと指摘する。
一方、低賃金で労働するキャラ設定も前例がない。「頑張っても生活が良くならない現状を重ねて、癒やされる人が少なくないのでは」と受け手の心理状況を考察する。ただし「単なる自己投影の対象ではない」とも。ちいかわのそばにはいつも「うさぎ」や「ハチワレ」といった、かけがえのない友達がいるからだ。 リアルな連帯が薄れて孤立が進む今、共に泣き笑い、励まし合う存在となる「理想」もさりげなく描くちいかわ。現代人が連発する「かわいい」の正体は、現実と理想のはざまで心を補ってくれる「お守り」のようなものかもしれない。 (川口史帆)