日本で65歳以上の高齢者は、今後20年近く増え続けると予想されている。その一方で、懸念されているのが「医師不足」だ。そんな中、厚生労働省の検討会で驚きの推計が提示された。2040年までに診療所が1つもない自治体が大幅に増えるというのだ。なぜそのような事態になるのか? そして対策はあるのか──。
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身近な存在である“町のお医体はこんなに増える
日本が抱える重大課題に斬り込んだ新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』が話題のジャーナリスト・河合雅司氏が解説する【前後編の前編。後編を読者さん”がいなくなる──。これからは、そんな地方自治体が激増していきそうだ。
厚生労働省がこのほど示した推計によれば、「診療所ゼロ」の自治体は、医師が75歳で引退すると仮定した場合には2040年に342市町村となる。2022年は77だったので、実に4.4倍増だ。80歳で引退したとしても244に増える。
診療所が1か所しかない自治体も増加が見込まれている。医師は学会への参加やプライベートの用事もあって診療所を留守にすることが珍しくないため、1か所では心許ない。2022年には175市町村だったが、医師が75歳で引退するならば249に、80歳で引退するなら242に増えるという。
外来受療率(通院)は、40代あたりから年齢が高くなるほど上昇傾向となり、70代後半から80代前半でピークを迎える。厚労省によれば、2050年には1日あたりの外来患者に占める65歳以上の割合が60.6%に達する。
ただ、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は、65歳以上人口が2043年にピークを迎えると推計している。病気になりがちな65歳以上人口が増えるのだから、単純に考えれば外来患者も増えてよさそうなものだ。なぜ厚労省は「診療所ゼロ」自治体が増えるとの見通しを示したのだろうか。
直接的な理由としては後継ぎとなる医師が乏しいということだが、問題はその背景だ。単純には行かない要因が散在するのである。
「診療所ゼロ」自治体が増える「3つの要因」
1つめの要因として挙がるのは、人口減少の影響だ。厚労省が2040年までに「診療所ゼロ」自治体になると予想している265市町村について、人口規模で区分してみると、「5千人未満」が109、「5千~1万人未満」が97、「1万~2万人未満」が54だ。「2万人以上」も5である。いずれも小規模自治体である。
(グラフ出所/厚生労働省「新たな地域医療構想等に関する検討会」資料)
こうした小規模自治体には、65歳以上人口か減り始めているところが少なくない。日本全体としての65歳以上人口は2043年まで増加する見通しとはいえ、その中心は東京圏などの大都市部である。厚労省によれば2025年から2040年にかけて100万人以上の大都市では17.2%増、地方都市は2.4%増となる一方で、過疎地域は12.2%減る。
「診療所ゼロ」が見込まれる265市町村は、診療所の経営を成り立たせるのに必要な患者数が見込めなくなるということだろう。
2つめの要因は、高齢者の年齢が高くなることによる影響だ。診療所の外来患者の多くが65歳以上だといっても、外出が難しい状態になれば診療所に出掛けること自体が難しくなる。今後は1人暮らしの高齢者が増えることから、なおさらだ。
その境目は85歳である。厚労省によれば訪問診療の受療率は85歳以上になると跳ね上がる。これは外来受診が難しくなった人が訪問受診に切り替えているということだ。
85歳以上が増える超高齢社会になるにつれて外来患者は減る見込みということだ。85歳以上人口は2024年9月15日現在676万人だったが、社人研によれば2040年には約1.5倍の1006万人に膨れ上がる。年々訪問診療の患者数が多くなっていくということである。
65歳以上人口の偏在が、外来患者数(通院)の地域差として反映していることに加えて、85歳以上人口の増加で地域差はより大きくなっている。厚労省によれば大多数の二次医療圏(一般的な入院治療が完結するように設定した区域。通常は複数の市区町村で構成される)では、2020年までに外来患者数はピークを迎えており、2030年以降に患者数が最多となる二次医療圏は三大都市圏を中心とした一部に限られる。このため、厚労省は2025年には日本全体としての外来患者数はピークを迎えると見立てているのだ。
3つめの要因は、地域住民の減少よりも医師が減るペースが速い地域が少なからずあるが、今後「診療所ゼロ」となることが予想される市区町村においては、そもそも人口あたりの医師数が少ない点である。
人口に比して医師が少ない地域においては、しわ寄せで医師1人あたりの負担が大きくなりがちだ。責任感の強い医師が医療提供体制に支障が生じないよう私生活を犠牲にしているケースも珍しくない。ただ、こうした医師の個人的な頑張りには限界がある。激務を敬遠する医師がこうした地域で働くことを避けたり、他の地域に流出しやすくなっていたりすることも現実だ。
診療所経営も他の業種と同じく、立地する際には地域商圏の将来見通しは無視できない。「診療所ゼロ」となりそうな小規模自治体は立地場所としての魅力が乏しく、診療所を開設したり引き継いだりすることをためらわせる懸念点の1 つとなっているのである。
石破政権「地方創生」策のボトルネックに
医師の偏在が大きな社会問題となっているが、中長期的に安定的な経営が見込める大都市に医師が集中し、そこで開業しようとするのは経済合理性からすれば至極当然な経営判断ということであろう。
ただし、診療所の場合は他の業種とは異なり、その存在がなくなることが地域社会もたらす衝撃が桁違いに大きい。身近に診療所がなくなれば健康リスクは高まる。医師には学校医や産業医としての役割もある。
医師不足は病院でも深刻化しており、厚労省は病院との連携や地域包括ケアシステムといった政策を進めてきているが、「かかりつけ医」としての中心的役割を担う診療所の医師がいなくなればこうした仕組みも機能しなくなる。夜間・休日などの初期救急医療などの体制維持にも支障が出る。
「身近な安心の担い手」の不在は、地域住民の心理的な不安を招き、人口流出を加速するきっかけとなりやすい。石破政権は地方創生策に再び力を入れ始めたが、診療所のない自治体の拡大はボトルネックともなりそうだ。
■後編記事:医師の高齢化に伴う引退で「診療所ゼロ」市町村が激増へ たとえ過疎地域の医師不足解消に取り組んでも問題解決とはならない事情
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)など著書多数。話題の新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』(小学館新書)では、「今後100年で日本人人口が8割減少する」という“不都合な現実”を指摘した上で、人口減少を前提とした社会への作り替えを提言している。
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縮んで勝つ: 人口減少日本の活路 (小学館新書 477) 新書 – 2024/8/1
河合 雅司 (著)
発売即重版! ベストセラー著者の最新提言
「直近5年間の出生数は毎年4.54%ずつ減少」──。このペースで減り続ければ、日本人人口は50年で半減、100年後に8割減となってしまう。もはや少子化を止めることはできず、日本社会の激変は避けられない。“不都合な現実”に対し、われわれはどうすべきか。
〈日本社会が目に見えて崩壊を始めている。要因は、言うまでもなく人口減少だ。
ところが、政府も地方自治体も対応がことごとく後手に回っている。的を射ていない対策が幅を利かせ、効果が表れるどころか、むしろ状況を悪化させる政策も目につく。
もはや、日本の人口減少は止めようがない。100年もすれば日本人は8割近くも減る。本来、政府が取るべき政策は、この不都合な現実を受け入れ、人口が減ることを前提として社会を作り直すことである。
日本という国家が残るか消えるかの瀬戸際にあるのだ。われわれは大一番に打って出るしかない。〉
(「はじめに」より抜粋)
答えは、人口減少を前提とした社会への作り替えだ──。
独自の分析で四半世紀前から警鐘を鳴らし続けてきた人口問題の第一人者が「縮んで勝つ」という“日本の活路”を緊急提言する。
【編集担当からのおすすめ情報】
「合計特殊出生率1.20」「東京都は0.99」「出生数72.7万人」……急激な人口減少を象徴する統計が次々と公表されています。
著者の河合氏は、それらの最新統計をもとに新たな傾向を読み解き、独自の分析を加えて、“未来”を予見しようと試みます。そのキーナンバーの1つが、「出生数マイナス4.54%」です。この激減ペースが続いていくと、日本はいったいどんな社会になるのか──。その“不都合な現実”が、本書で明らかにされています。
ベストセラー『未来の年表』シリーズ著者によるこの最新刊を読まずして、これからの人口減少・地方再生問題は語れません。全国民必読の1冊です。