袴田巌さんの再審無罪に“不満たらたら”の談話を発表…畝本直美検事総長(62)に浮上した“定年まで持たない”という噂の真相「もともと総長になる人ではなかったので…」(2024年10月19日『文春オンライン』)

 1966年に静岡県の一家4人が殺害された事件で再審無罪判決が下された袴田巌さん(88)に関し、検察トップの畝(うね)本(もと)直美検事総長(62)が8日、控訴を断念するとともに、異例の長文談話を発表した。無罪判決に対する講評も含まれた「畝本談話」は、控訴の断念以上に波紋を呼んでいる。
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異例の談話を発表した畝本直美検事総長
「畝本総長は控訴期限の10月10日まであと2日に迫っていた8日に談話を発表し、事件から半世紀以上が経った今も有罪か無罪かも決まらない袴田さんの境遇を考え、控訴を断念したと説明した。ただ、談話の大半は判決に対する批評で『不満を抱かざるを得ない』などと記した随分、不穏な内容でした」(検察担当記者)
「検察官も捏造に関わったと断じたところが特に癇に障ったのでしょう」
 地裁判決では袴田さんが無罪であるだけでなく、袴田さんを有罪だとする決め手となった証拠が捜査機関による捏造だったと断定。談話はその認定を事細かに批判する内容だった。
「警察官だけでなく検察官も捏造に関わったと断じたところが特に癇に障ったのでしょう。『何ら具体的な証拠や根拠が示されていません』などと不満たらたらで、簡単に言うと『袴田さんは犯人だ』と示唆するもの。その部分だけ読めばむしろ検察が控訴する理由にしか見えないほどです」(同前)
 談話は当然ながら、反発を呼んだ。控訴断念を歓迎する立場にあるはずの弁護団も「袴田さんへの名誉毀損だ」と最高検察庁に抗議に訪れる始末だ。
「畝本氏はもともと総長になるはずではなかったので…」
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 袴田さんのために控訴はしないが、袴田さんを無罪とした判決は徹底的に叩く。矛盾した内容にみえるが、そこには、初の女性検事総長である畝本氏に関する検察内の深刻な対立が反映されているという。
 法務検察関係者は「畝本氏はもともと総長になるはずではなかったので、現場からの信頼が薄い。官邸の黒(くろ)衣(こ)とされた黒川弘務元東京高検検事長の総長就任をにらんだ工作に失敗した辻裕教元仙台高検検事長が出世コースから外されたことでお鉢が回ったに過ぎない」とその来歴を振り返る。
 いわば、ポッと出だけに、旧来の幹部と比べ、経験の浅さも目立つようだ。
「温和だが、捜査経験も法務官僚としての経験も中途半端。本人は控訴に否定的だったようだが、袴田さんを犯人視する現場から『捜査や公判の機微も知らないくせに』などと突き上げを食らって、こんな妥協案に落ち着いた」(同前)
 談話では袴田さんの審理が長引いた原因を検証するとしているが、この姿勢では明快な結論は期待できそうにもない。
「控訴するか談話を引っ込めるか、どちらの決断もできないから結果的にどの方面からも反発を招く結果になる」との検察OBの声も聞こえる。定年の65まで持たないとみる観測まで早くも出ているという。
週刊文春」編集部/週刊文春 2024年10月24日号
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検事総長談話 令和6年10月8日
◇結論
検察は、袴田巌さんを被告人とする令和6年9月26日付け静岡地方裁判所の判決に対し、控訴しないこととしました。
 
◇令和5年の東京高裁決定を踏まえた対応
本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。
他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。
そして、袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。
静岡地裁判決に対する評価
本判決では、いわゆる「5点の衣類」として発見された白半袖シャツに付着していた血痕のDNA型が袴田さんのものと一致するか、袴田さんは事件当時鉄紺色のズボンを着用することができたかといった多くの争点について、弁護人の主張が排斥されています。
しかしながら、1年以上みそ漬けにされた着衣の血痕の赤みは消失するか、との争点について、多くの科学者による「『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解やその根拠に十分な検討を加えないまま、醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠し、「5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる」と断定したことについては大きな疑念を抱かざるを得ません。
加えて、本判決は、消失するはずの赤みが残っていたということは、「5点の衣類」が捜査機関のねつ造であると断定した上、検察官もそれを承知で関与していたことを示唆していますが、何ら具体的な証拠や根拠が示されていません。
それどころか、理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が「5点の衣類」を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。
◇控訴の要否
このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。
しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。
◇所感と今後の方針
先にも述べたとおり、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。
この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。
最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。

静岡県警 談話【全文】》
 
袴田さんに対する無罪判決が確定することとなったことについて
(1)令和6年9月26日付け静岡地方裁判所の判決に対し、このほど、静岡地方検察庁が控訴しないとの方針を明らかにするとともに、その理由について、判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴すべき内容である一方で、袴田さんが、長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことを考慮した結果、控訴してその状況が継続することは相当でないとの判断に至ったとする検事総長談話が公表されたと承知しています。
(2)これにより、袴田さんに対する無罪判決が確定することとなりましたが、当時捜査を担当した静岡県警察としても、袴田さんが長きにわたって法的地位が不安定な状況に置かれてきたことについて、申し訳なく思っております。
(3)今後、最高検察庁において、本件の再審請求手続が長期間に及んだことなどについて所用の検証を行う予定であると承知していますが、静岡県警察においても、可能な範囲で改めて事実確認を行い、今後の教訓とする事項があればしっかりと受け止め、より一層緻密かつ適正な捜査を推進してまいります。

袴田巖さんの弁護団が怒り「犯人視している。名誉棄損になりかねない」
 
2024年10月8日、最高検は、9月26日静岡地裁が袴田巖さんに対し言い渡した無罪判決に対し、控訴を断念する旨の畝本直美 検事総長の談話を発表した。
検事総長の談話の要旨は、静岡地裁の無罪判決には論理則・経験則に反する事実誤認があるが巖さんの置かれている状況を考えて控訴を断念したというものである。しかし、これは控訴はやめておくが、巖さんを冤罪と考えてはいないということであり、到底許し難いものである。
無罪判決が確定すれば、だれも巖さんを犯人として扱ってはならない。これは、法治国家であれば、当然のことである。にもかかわらず、検事総長の談話では、巖さんの事件の判決について、「疑念を抱(き)」、「強い不満」を表して、「判事された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれ」「推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり」「理由中に多くの問題を含む」とされ「控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容」であるとしている。
要するに、検事総長がいまでも巖さんを犯人と考えていると公言したに等しい。これは、法の番人たるべき検察庁の最高責任者である検事総長が、無罪判決を受けた巖さんを犯人視することであり、名誉毀損にもなりかねない由々しき問題と言わなければならない。
もちろん、検事総長の談話における無罪判決に対する上記指摘自体も、まったく間違ったものである。
談話において大きな疑念があるとされた5点の衣類に付着していた血痕が1年以上みそ漬けになったときには赤みが消失するとした判決の結論は、弁護側の専門家証人の証言した血液が黒褐色化する科学的機序を前提にし、化学反応の速度についても実験結果や専門的知見に裏付けられた理論的な説明をもとに判断しているのであって、検察官や検察側の科学者は、上記説明への反論となる専門的知見も提出できず、単に、抽象的な可能性論を述べるに終始したことから、その主張が排斥されたものである。
そもそも、1年以上みそに漬かっていても血痕に赤みが残る可能性があれば巖さんの犯人性の認定に疑いは生じないという再審公判における検察官の主張は、本件無罪判決が、「1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残ることが合理的な疑いを差し挟む余地がない程度に証明される必要がある」(判決要旨39頁)と説示することで、明確に否定されている。つまり、検察官の上記主張は、検察官の役割の根幹に関わる説明責任の本件へのあてはめ自体が誤っていたとされたのである。
さらに検事総長が強い不満を表明した5点の衣類が捜査機関のねつ造であると判決が断定した点は、客観的証拠である取調べの録音テープ等により検察官調書が警察と連携した実質的なねつ造であるとした上で、血痕に赤みが残っていた事実等からして5点の衣類は犯行着衣ではありえないのだから、5点の衣類はねつ造証拠であり、ねつ造する動機と現実的可能性があったのは捜査機関だけであること及び吉村検察官による警察の捜査活動と連携した臨機応変かつ迅速な主張・立証活動を考慮して、検察官を含む捜査機関によるねつ造であるとされたものである。
以上のとおり、今回の無罪判決は、検察官の有罪立証が完全に誤りであったことを明らかにしており、事実誤認があるとする検察庁の判断こそ誤っていたのであるから、検察官には、法律上、控訴の理由などまったくなかったものである。この点で検事総長の談話は、単なる強弁に過ぎない。このような姿勢でいる限り、検事総長が言う「所要の検証」も期待できるものではない。
検察庁は、まずもって有罪立証の判断の誤りを率直に認め、巖さんに直接謝罪すべきである。検事総長の談話では、「再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより」と裁判所に責任を転嫁した上、「袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っています。」と述べるが、その言葉も他人事のような表現であって、巖さんに対する非人道的な取調べや5点の衣類のねつ造についての反省すらないもので、何ら謝罪になっていない。
そして、違法な取調べが行われ、5点の衣類等がねつ造されたこと、さらには死刑再審事件でありながら、重要な証拠が隠されていたこと等を深刻に受け止めなければならない。その上で、こうした重大なる冤罪を生み出してしまい、その誤りを改めることに58年もの年月を要した原因を明らかにし、二度と繰り返さないようにするため、捜査・公判手続き全般にわたって厳正かつ真摯な検証をすべきである。
2024年10月10日
袴田事件弁護団事務局長 小川秀世