談話の全文は次の通り。
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検事総長談話
令和6年10月8日
○結論
検察は、袴田巖さんを被告人とする令和6年9月26日付け静岡地方裁判所の判決に対し、控訴しないこととしました。
○令和5年の東京高裁決定を踏まえた対応
本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。そして、袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。
○静岡地裁判決に対する評価
本判決では、いわゆる「5点の衣類」として発見された白半袖シャツに付着していた血痕のDNA型が袴田さんのものと一致するか、袴田さんは事件当時鉄紺色のズボンを着用することができたかといった多くの争点について、弁護人の主張が排斥されています。
しかしながら、1年以上みそ漬けにされた着衣の血痕の赤みは消失するか、との争点について、多くの科学者による「『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解やその根拠に十分な検討を加えないまま、醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠し、「5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。」と断定したことについては大きな疑念を抱かざるを得ません。
畝本直美検事総長=2024年7月、平野皓士朗撮影
加えて、本判決は、消失するはずの赤みが残っていたということは、「5点の衣類」が捜査機関のねつ造であると断定した上、検察官もそれを承知で関与していたことを示唆していますが、何ら具体的な証拠や根拠が示されていません。それどころか、理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が「5点の衣類」を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。
○控訴の要否
このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。
○所感と今後の方針
先にも述べたとおり、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。
最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。
以上
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袴田巌さんの裁判 検察が控訴を断念 無罪確定へ(2024年10月8日『ANNnewsCH』)
再審=やり直しの裁判で無罪判決が言い渡された袴田巌さん(88)の裁判を巡り、検察当局が控訴を断念することを決めました。
控訴の期限が今月10日に迫るなか、検察側は控訴を断念することを決めました。
これで袴田さんの無罪が確定することになります。
再審の判決で静岡地裁は5点の衣類や自白した供述調書など3つの証拠捏造(ねつぞう)があったと認定していました。
これについて検察当局は検事総長談話を出し、「捜査機関の捏造と断じたことは強い不満を抱かざるを得ない」と述べました。
一方で「袴田さんは結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうことになりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っています」と謝罪しました。
加えて「最高検としては本件の再審請求手続きがこのような長期間に及んだことにつき、所要の検証を行いたい」としています。
袴田巌さん=代表撮影
1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ死刑が確定した袴田巌さん(88)に対するやり直しの裁判(再審)の静岡地裁・無罪判決(9月26日)について、検察当局は8日、控訴を断念すると発表した。
畝本直美検事総長は談話を出し、静岡地裁の無罪判決について「大きな疑念を抱かざるを得ず、捜査機関の捏造(ねつぞう)を断じたことは強い不満を抱かざるを得ない」と指摘。その上で、「袴田さんが結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことに思いを致した」とした。
検察側が上訴権を放棄するか、控訴期限の10日が過ぎれば、無罪が確定する。
死刑囚に対する再審無罪の確定は戦後5件目となる。逮捕から58年を経て、袴田さんは「死刑囚」の立場から完全に解放される。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定していた袴田巌さん(88)のやり直しの裁判(再審)で、検察当局は8日、無罪判決に控訴しない方針を明らかにした。事件から58年を経て袴田さんの無罪が確定する。
静岡地裁は9月26日、検察側が有罪立証の柱とした「5点の衣類」などを捜査機関による捏造(ねつぞう)と認定し、無罪判決を言い渡した。
死刑確定事件で再審無罪は戦後5例目。これまでの4件も検察は控訴していない。袴田さんは80年に死刑が確定し、翌年に裁判のやり直しを求めていた。確定判決が覆るまでに44年かかったのは極めて異例。
再審では事件から約1年2カ月後に現場近くの工場のみそタンクから見つかった5点の衣類の評価が最大の争点だった。赤みが残った「血痕」が付着していたとされる。
9月の静岡地裁判決は1年以上みそ漬けされた血痕に赤みは残らず、犯行着衣であることに「合理的な疑いがある」と指摘した。一審の公判中に見つかったことも踏まえ「発見に近い時期に捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ隠匿された」とした。
袴田さんの実家で見つかった衣類の布の切れ端や、警察や検察による自白の強要によって作られた調書を含め、捜査機関が捏造した証拠は3件あると認定。袴田さんは「犯人であるとは認められない」と結論付けた。
事件は1966年6月30日未明に発生した。静岡県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造会社の専務宅が全焼し、焼け跡から4人の遺体が見つかった。従業員だった袴田さんが強盗殺人などの容疑で逮捕、起訴されたが、公判では一貫して無罪を主張した。80年、最高裁で死刑判決が確定した。
81年から始まった最初の再審請求審は27年かかり、2008年に最高裁で退けられた。2度目の請求で静岡地裁が14年に初めて再審開始を認め、袴田さんは約48年ぶりに釈放された。最高裁による差し戻しを経て、23年3月の東京高裁決定が捏造の可能性に言及、再審開始が決まった。
袴田さん再審で検察当局が控訴断念方針 無罪確定へ(2024年10月8日『産経新聞』)
袴田巌さん(左)と、姉のひで子さん=9月29日午後
昭和41年に静岡県の一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)に再審無罪を言い渡した静岡地裁判決について、検察当局が控訴を断念する方針を固めたことが8日、関係者への取材で分かった。控訴期限は10日だった。
弁護側に控訴の意向はなく、検察側が控訴を断念すれば袴田さんの再審無罪が確定する。死刑確定事件で再審無罪が言い渡されたのは戦後5件目。過去4件は検察側が控訴せず確定している。
9月26日の再審判決は、事件発生約1年2カ月後に現場近くのみそタンクから発見されて犯行着衣とされた「5点の衣類」など3つの証拠を捜査機関が捏造(ねつぞう)したとして無罪を言い渡していた。
検察内部では捏造の指摘に対する反発も根強く、控訴も選択肢に検討していたが、無罪認定まで覆すのは困難だと判断したとみられる。
最大の争点は5点の衣類に付着した血痕の赤み。再審判決は、衣類を当時の状況で1年以上みそに漬ければ、赤みは残らないと指摘。衣類は袴田さん逮捕後、捜査機関が血痕などを付けて隠したと認定していた。