兵庫県知事疑惑、贈答品の〝おねだり疑惑〟より公益通報と情報保全巡る問題点の総括を(2024年9月22日『産経新聞』)

新聞に喝! 国防ジャーナリスト・小笠原理恵
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兵庫県議会で不信任決議が可決され、投票結果を聞く斎藤元彦兵庫県知事=19日、神戸市中央区兵庫県公館(渡辺恭晃撮影)
兵庫県の斎藤元彦知事がパワハラ疑惑などを内部告発された問題が大詰めを迎えている。斎藤知事に対する不信任決議案が可決され、今後の去就が注目される事態となった。これまでの疑惑報道の中で特産品など多数の贈答品に関する〝おねだり疑惑〟が新聞・メディアで一定の比重を占めてきたが、筆者が注目してきたのは、一連の問題の発端となった元県民局長の男性=7月に死亡=への告発者保護を巡る報道だ。
日経新聞は7月13日付の社説で「公益通報が機能しないような自治体は、首長や組織そのものに問題があるとみるべきだ」と断じた。9月8日付の信濃毎日も社説で「通報者の不利益になるような取り扱いをした組織側に刑事罰を科すといった法改正を含め、通報者を徹底して保護する体制が必要だ」と指摘し、法改正の必要性に踏み込んだ。
令和4年の改正公益通報者保護法の施行で、新たに適切な公益通報者保護をするために必要な体制や措置を講じることが事業者に義務付けられた。また、内閣府は「やむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐ措置をとる」義務があると指針を出した。通報者の探索を防ぐ義務のある県自身が告発者を特定し、処分したことは法令違反だ。
こうした点について新聞・メディアが批判を強めるのは当然だ。しかし、見過ごされている論点がある。男性は3月12日にマスコミ、警察、議員などに厳正な調査を期待して告発文書を送った。その告発文書はなぜ斎藤知事の目に触れたのか―という疑問だ。斎藤知事の定例会見での説明によると、民間の方からの情報提供があったというが、この匿名の告発文書の取り扱いがずさんだったと言わざるを得ない。もちろん、匿名の告発には悪意や虚偽の情報もあれば、人の生死にかかわる重大な情報もある。告発文書が慎重に取り扱われていたのなら、結果は変わったはずだ。
3月下旬に解任された男性は4月に県の公益通報窓口に通報したが、県を優先しなかった理由として「当局内部にある機関は信用できない」ことを挙げた。県知事や側近ら利害関係者による報復を恐れたのだろう。
県議会の調査特別委員会(百条委)の冒頭では「痛恨の極みであります」と男性への黙禱(もくとう)がささげられた。産経は8月31日付の社説(主張)で「公益通報者を守れず死に至らしめた責任は重い」と断じたが、新聞・メディアは今回の疑惑について斎藤知事の去就で幕引きとせず、公益通報と情報保全の問題点について今一度総括してほしい。他の自治体でも繰り返される恐れがあるからだ。
小笠原理恵(おがさわら・りえ)
国防ジャーナリスト。香川県高松市生まれ。関西外国語大学卒業後、広告代理店勤務を経て、Webデザイナーやフリーライターとして活動を開始。2009年、政治や時事問題を解説するブログ「キラキラ星のブログ(“月夜のぴよこ”)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰し、毎年、多くの国会議員の協力を得て「緊急出動のある自衛官の官舎の改善に関する請願」を付託。この請願を基礎に、自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。現在、Webメディア日刊SPA!にて「自衛官のできない100のこと」を連載しているほか、日刊SPA!の連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。日本習字財団にて書道教授・ペン字教授・墨画脩伝教授の免許を持ち、「書、ペン字、墨画」の指導を行う。雅号は「静苑」
第187回国会(2014年(平成26年)9月29日に召集された臨時国会 )請願の要旨
新件番号 449 件名 緊急出動のある自衛官の官舎の改善に関する請願
要旨  自衛官は緊急の任務がある場合は数時間で基地内に帰ってこなければならないため、おのずから居住場所は制限されている。しかし、基地内の住居は軒並み老朽化しており、中には耐震強度すら心もとない住居も少なくない。離島や過疎地などの勤務地では近隣に民間の賃貸住宅なども望めない場合もある。幹部自衛官など二、三年に一度の転勤がある人も多く、過酷な住環境や突然の転勤によって結婚や子育てなどの基本的な日常生活にすら大きな負担がかかることから隊員の離婚・離職率が増えており、せっかく訓練を積んだ隊員が自衛隊を辞めていくことにつながってしまう。差し迫った危機が想定されている昨今、このまま離職率が高ければ部隊の運用も難しくなってしまう上、耐え忍んで尽力している隊員も自らの生活や土地を守るという日々のモチベーションが低下してしまう。元々志の高い隊員であるが、日々の生活や帰る家庭があればこそ、その家族との生活を維持しようという思いを更に強く持つことができ、住んでいる街、国への愛情が自然と育まれることにより、皆を守るという決意がますます強固になっていく。
 ついては、次の事項について実現を図られたい。
 
一、自衛官が安心して任務に就ける住環境が整備されているかどうか調査し、老朽化した官舎や耐震性のない住宅など問題のある住宅については修理、建て替えなど対応すること。
二、急な転勤や民間住宅が基地周辺にない自衛官のための住宅を基地の近くに造ること。
三、その他、自衛隊で働く自衛官がその仕事に誇りを持ち家族と共に退官まで仕事を続けることができるような対応策を国は考えること。 
 
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自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う (扶桑社新書) 新書 – 2019/9/1
小笠原 理恵 (著)
 
自衛隊員が基地のトイレを使用する際、トイレットペーパーは「自腹」で購入しなければならない――。
2018年11月、こんな嘘のような本当の話が国会の質問で取り上げられたのは、著者がWebメディア「日刊SPA! 」に掲載した一本のコラムがきっかけでした。
日本の安全保障を担う自衛隊員が、理不尽な環境で日々の激務に耐え忍んでいる……。2019年4月から「働き方改革」関連法が施行され、多くの民間企業で労働環境が劇的に改善されていますが、自衛隊員は今なお「ブラック企業」と見まがうほどの過酷な働き方を強いられています。
自衛隊は『残業手当』も『休日手当』もつかない」「頻繁に全国異動があるのに引っ越し費用の半額が自己負担」「公務員宿舎が削減され『緊急参集要員住宅』が確保できない」「潜水艦乗組員は休みなしの長時間勤務で“無限労働地獄"」「定年が53歳と早いため年金受給の65歳までどう暮らせばいいのか」?
恒常的な予算不足がもたらす皺寄せは、自衛隊の施設や装備品にも暗い影を落としています。
「予算が足りず制服が揃えられない」「弾薬が足りないため実弾射撃訓練の回数はクレー射撃の選手よりも少ない」「文具、演習用のマガジンポーチ、車のタイヤも仲間内で集めた『カンパ』で購入している」
中国が海洋進出を加速させ、北朝鮮弾道ミサイル発射を繰り返すなど、現在、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変化しています。にもかかわらず、自衛隊がこのような窮状を抱えたままで、いざというときに即時対応できるのでしょうか?
平成30年1月に内閣府が行った「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」によると、自衛隊にどのような印象を抱いているかを問う質問に対して、「良い印象を持っている」と「どちらかといえば良い印象を持っている」と答えた人の割合は、合わせて89.7%に上ります。大規模災害が起きるたびに駆り出され、被災者の傷付いた心に寄り添いながら人名救助や復旧作業に汗を流す……。そんな自衛隊員一人ひとりの献身的な姿が、国民の間で広く好意的に受け止められている結果と言えるでしょう。
しかしながら、彼らの待遇はそれに見合うものなのか?
現在、日本にとってエネルギー供給の「生命線」と言えるホルムズ海峡を巡って、米国とイランの間で緊張が高まっていますが、10月から開かれる臨時国会では、米国が主導する「有志連合」に自衛隊を派遣するか否かについて議論される見通しです。
時に自らの命を賭して過酷な任務に当たらなければならないにもかかわらず、自由に物が言えないことをいいことに、理不尽な待遇を強いられてきた彼らの実情を、気鋭の国防ジャーナリストがリポート。自衛隊が抱える問題を浮き彫りにします。

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Q8 自衛隊員は駐屯地・基地等のトイレットペーパーを「自腹」で購入しているのですか?
A トイレットペーパーなどの日用品等については、これまで一部の隊員が自費で購入していた場合もありましたが、現在では、日用品等を購入するための予算を大幅に増額するなど、隊員が安心して任務を遂行できる生活・勤務環境の整備を行っています。防衛省として、「自費購入ゼロ」という当然の体制を整えます。