「誹謗(ひぼう)中傷性の高い文書。公益通報に該当するとは思っていない」。6日の兵庫県議会調査特別委員会(百条委員会)で、斎藤元彦知事が2度目の証人尋問に臨んだ。「問題はない」「ちゃんとやってきた」。正当性を訴える言葉からは、県トップとしての自負心がのぞいた。ただ、告発文書を公益通報として扱わず、告発者を処分した経緯では部下の証言と食い違う点も多く、不透明感が残った。
「こういうものを入手した」。この日の片山安孝・元副知事や、これまでの県職員による尋問での証言などによると、一連の問題で斎藤氏が最初に動いたのは3月21日。片山氏や側近幹部計4人を知事室に呼び、告発文書を示して作成者の特定などの調査を指示した。
この際、公益通報者保護法で禁じられる告発者捜しに当たるかどうかは「協議はしていない」と、斎藤氏は尋問で証言。文書の内容を否定し、「告発というよりも誹謗中傷性の高い文書だと思った」とも述べた。
ところが、原田剛治・産業労働部長は3月21日の協議の場で、告発文書に示されたコーヒーメーカーを受領していたと明かしたことを証言。この点は片山氏の証言とも一致した。文書の信憑(しんぴょう)性に関わる部分だが、斎藤氏は否定した。
文書の作成者は県西播磨県民局長だった男性(60)=7月に死亡=と特定され、3月25日に片山氏が事情聴取。最終的には5月7日に停職3カ月の懲戒処分とした。
この間、人事課は第三者委員会での調査を進言したとされるが、斎藤氏は「進言を受けた記憶はない」と断言。斎藤氏の指示で公益通報の調査結果前の処分に至ったとの証言についても「記憶上、指示をしていない」と否定した。
尋問では告発者捜しや処分の妥当性がたびたび問われたが、斎藤氏は「(文書には)真実相当性がなく、公益通報の保護要件には該当しない」と繰り返した。根拠の一つに挙げたのが、噂話を集めて作成したという男性の供述だ。
斎藤氏はこれまで「噂話-」供述だけを公表。男性の詳しい聴取内容は開示してこなかったが、この日は片山氏による聴取の様子が明かされた。
「名前が出てきたものは一斉に嫌疑をかけて調べなしゃあないからな」。男性の協力者とみる職員の名を挙げ、人事で不利な扱いをすると示唆する片山氏。男性が文書作成を認めると、「誰に聞いたんや」と問い詰めた。「それは言えない」「みんな噂している」と男性が答えると、「噂をまとめただけやということやな」と引き取った。
情報源を守りたい男性の意図がうかがえるが、斎藤氏はこの日も「噂話を集めたと本人が言っている」と強調。一連の対応に道義的責任を感じないか問われると、「道義的責任というのが何かが分からない」と答えた。
公益通報制度「基本的な理解ない」
公益通報者保護法のガイドライン策定にも携わった明治大の高巖(たかいわお)特任教授(企業倫理)は「告発文書は間違いなく公益通報にあたる。利害関係のない機関が調査して真実相当性などを判断すべきで、当事者が口を挟むことが異常だ」と指摘する。
疑惑を指摘された斎藤氏が文書を見て誹謗中傷性が高いと判断し、告発者を捜せという指示を出すなど「一連の流れは論外」と評価。「こんなにも簡単に公益通報にあたらないという結論を出す県庁に、まともな公益通報の体制などなかったのではないか」と話す。
制度に詳しい淑徳大の日野勝吾教授も、公益通報にあたるかどうかの根拠を真実相当性のみにこだわっているとし、「基本的な理解がないことが明らかになった」と指摘する。
同制度では、事業者側に通報への体制整備義務の指針を規定。外部通報であっても、不正目的の通報を除き、通報者の特定や不利益扱いを禁じている。
兵庫県の一連の対応は「最初の段階から間違えている」と断じ、「知事が文書を入手した瞬間から誹謗中傷と思い込み、知事を守ろうと周囲も忖度(そんたく)して拙速に動いた結果ではないか」と指摘した。(地主明世、安田麻姫)
狭い保護対象、法改正求める声も
公益通報者保護法は、通報者を不利益な扱いから守って不正の是正を促す一方、全ての通報が保護されるわけではない点が問題視されてきた。
保護法は国民の生命、身体、財産の保護に関わる違法行為などへの通報を保護対象と規定。食品偽装などが内部告発で相次ぎ発覚したのを機に平成18年に施行された。ただ、今回の告発文書で指摘された地方公務員法や公選法違反の部分は規定外で保護対象とならない。
また、通報先により保護要件も異なる。報道機関などの外部通報では、証拠資料や信用性の高い証言など疑惑が真実と信じる根拠(真実相当性)が必要とされる。制度に詳しい三浦直樹弁護士は「兵庫県の問題は制度の至らぬところを浮き彫りにした。地方公務員法などが保護対象でないのは狭すぎる」と指摘する。
斎藤氏はこれまでの記者会見で、文書で告発された疑惑について「大半は保護法で定められた法律違反ではない」と強調。さらに「信用性の高い供述などが存在せず、真実相当性が認められない」として保護対象外と主張する。
保護法には、通報者が主張の根拠を示す資料などを外部に持ち出した場合の免責事項もない。資料を持ち出せば、情報漏洩(ろうえい)や守秘義務違反で逆に処分されるリスクを負う。また、通報者捜しや通報による不利益扱いを禁じる一方、事業者側には罰則もない。
三浦弁護士は「正義感で通報しても、現状ではハイリスク・ノーリターンだ」と指摘。通報者の中には自分の事例が保護対象ではないと苦しむ人もおり、「対象を限定せず、不利益な扱いを生まないよう罰則規定を強化するといった法改正が望まれる」と強調した。