「捜査機関の捏造」に踏み込むか 袴田巌さんの再審26日判決 弁護団は無罪を確信、「捏造」判決なら検察側は控訴も(2024年9月22日『東京新聞』)

 
 1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で起きた一家4人強盗殺人事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審公判の判決が26日、静岡地裁で言い渡される。
 再審公判で弁護団は「5点の衣類」に付いた血痕に赤みが残っていた不自然さを突破口に「捜査機関が複数の証拠を捏造(ねつぞう)した冤罪(えんざい)事件」と訴えている。一方の検察側は捏造を真っ向から否定。判決でどこまで踏み込むかが注目される。

◆再審が開かれたということは…

 「事件は検察側の筋書きと全く違う。衣類を筆頭に数多くの捏造がされたことを判決で認めてほしい」。弁護団事務局長の小川秀世弁護士は力説する。
 確定判決は、5点の衣類を犯行時の袴田さんの着衣としている。ただ、事件後に長期間みそ漬けにされたはずなのに、付着した血痕に赤みが残っている。弁護団は2008年からの第2次再審請求審で再現実験を繰り返し、「みそに漬かると化学反応で黒褐色化する」という結論にたどり着いた。
袴田巌さんの再審公判が開かれた静岡地裁の法廷=5月22日

袴田巌さんの再審公判が開かれた静岡地裁の法廷=5月22日

 2010年、検察側が5点の衣類の赤みがより鮮明に見えるカラー写真を開示したことが、裁判所の判断に大きな影響を与えた。静岡地裁は2014年、「最も重要な証拠が捜査機関によって捏造された可能性が相当程度ある」として再審開始を認め、袴田さんを48年ぶりに釈放した。小川弁護士は「裁判所が『捏造』と言ったことに驚いた」と振り返る。
 検察側の即時抗告を受けた東京高裁は再審開始決定を取り消したが、弁護団の特別抗告をへて最高裁が「赤みの議論が不十分」と高裁に審理を差し戻した。2023年に高裁が「赤みは残らない。第三者が衣類を隠匿した可能性が否定できない。第三者は捜査機関の可能性が極めて高い」と再び捏造の可能性に踏み込み、改めて再審開始を決定。昨年10月に再審公判が始まった。
 再審は「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」が認められたときに開かれるため、26日の判決は無罪の公算が大きい。

◆自白調書はすべて、証拠から外された

 小川弁護士は再審公判にかけた思いを「重要な証拠を次々に捏造したことが、袴田さんの人生を奪うことにつながったと明らかにしたかった」と語る。
 凶器とされたくり小刀のさやは、みそ工場作業員用の雨がっぱのポケットから見つかった。現金が入った布袋は、現場と工場の間で発見されている。小川弁護士は「事件とは無関係の袴田さんを犯人に仕立てるために、でっちあげたものだ」と語気を強める。
 事件では長時間に及ぶ違法な取り調べも問題となった。警察や検察が捜査段階で作成した自白調書は再審公判ですべて証拠から外されており、弁護団は自白調書があること自体が「袴田さんの『無実』を示している」と訴えた。小川弁護士は「地裁は全ての論点を受け止めてほしい」と願った。(佐々木勇輝)

 袴田巌さんの再審と5点の衣類 1966年6月30日、旧静岡県清水市のみそ製造会社専務宅から出火、焼け跡から4人の他殺体が見つかった。遺体には刺し傷があった。従業員だった袴田さんが強盗殺人罪などで起訴され、無罪を主張したが1980年に死刑が確定。白半袖シャツなど5点の衣類は、事件から1年2カ月後に工場のみそタンク内で見つかった。確定判決は袴田さんの犯行時の着衣と認定。再審請求審では、みそ漬けになった血痕に赤みが残っていたことの合理性が争われた。

◆検察側に根強い「捏造するわけがない」

 検察側は再審公判の論告で改めて死刑を求刑したが、法務・検察当局内には「求刑通りの判決は難しいだろう」との声が漏れる。ただ、「捏造(ねつぞう)などあり得ない」との思いは強く、判決が「捜査機関が証拠を捏造した可能性」と踏み込んだ場合は控訴に含みを持たせる幹部もいる。
 「今の段階で言えることはない。判決が出た後、内容をしっかり読み込んでから今後の対応を検討する」。検察幹部の一人は、硬い表情で語った。
 検察側が論告でこだわったのが、「捜査機関の捏造」を否定することだった。「みそ工場に捜査員が忍び込んで5点の衣類を隠すことは到底不可能」「危険を冒してまで捏造するとは想定しがたい」と激しく反論した。
 実際、法務・検察当局には「捏造するわけがない。複数の状況証拠で十分に有罪立証できていた」(幹部)との考えが根強い。
 別の幹部は悩ましげにつぶやいた。「捏造に触れる判決であれば確定させたくはない。だが、控訴すれば検察批判が高まるに違いない」
 判決はどこまで踏み込むのか。ベテラン裁判官は「無罪であれば、何者かが5点の衣類をみそタンクに入れた可能性を認めることにつながる。捜査機関によるものだろうと言及するかがポイントになりそうだ」と推察した。(池田悌一)